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□1226 〜Stoty of time when the date changes〜(無配ペーパー)
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2014.12.23 青の聖域Lv.9 無配ペーパー



※燐は祓魔師、雪男は祓魔師を一時的に休職し医師を目指して大学に通っています。











 緊急連絡が来た。
 人命救助要請だった。
 僕は電話を切って飲みかけのブラックコーヒーを流し込む。ぬるいし、自分で淹れたからいまいち美味しくは無い。それだけで面白くないのにこんな時間に駆り出されるなんてもっと面白くない。
 普段着のまま、私服のキャメル色のダッフルコートを羽織りマフラーを引っ掻けてショートブーツの踵を踏み付けながら慌て気味に玄関を出た。空には雲が広がっていて雪の予報にも納得だった。
 白い息を吐き出して中途半端に左右長さの違うマフラーを直し、目的地へとずんずん向かって行く。現場は駅一つ分向こうだが電車はもう動いていない。必然的に徒歩かタクシーで向かうしかないのだ。でもこの時間に住宅街の中でタクシーを捕まえるのも無謀な話で、早々から徒歩しかなさそうだと諦めていた。
 そうして進んで行く間にも、ポォンとラインの通知音がポケットの中から何度か聞えてくる。一度や二度じゃない。立て続けにまだ音がする。
 画面を表示させると要請先の隊長から次々と現状報告が上がっていた。第三次攻撃でほとんどの祓魔師が壊滅状態。残る確かな戦力は隊長のみと言った所か。一緒に送られてきた画像が惨状を伝えていた。


「ったく、何で僕が」


 緊急要請が入る事は何となく予想出来ていた。というか決定事項だと思っていた。だから早めに風呂にも入った。すぐ出れるように身嗜みもそれなりにしておいたし、僕が作れる範囲で簡単な夜食も用意してきた。万全で待機して思った通りの要請が来たというのに何なのだ、この「もやもや」は。
 そのうち雲の張り巡らされた暗い色の空からは大粒の雪が舞い降りてくる。落ちてはアスファルトを濡らして、足元ばかりを見ながら進んでいた視界を上げれば目的地はすぐそこだった。


「シュラさん」


 馴染の店の引戸を開けて名を呼ぶと、奥の個室からひょっこり出た赤い髪が揺れた。半分見えた顔はつまらなそうに歪み、だるそうな手招きが僕を呼ぶ。また店を乗っ取って他の客も巻き込んでやしないか心配したが、前回の教訓から店側も個室を用意するという賢い選択に出たようだ。


「おっせーよビビり」
「いい加減それやめてくださ……」


 個室の状況を見て僕は一歩後ずさった。ここ何年かで一番の壊滅状態だった。そんなにピッチが上がるほど盛り上がったのか、それともこの酒豪の酒を断れない状況にあったのか。座敷には戦に敗れた侍の屍がごろごろと転がっていた。


「どうするんですかこれ」
「連絡したよ、あとは引き取り待ちだにゃ。予想通りおまえが一番だったけど」


 徳利の中の酒はもう空だ。それなのにこの人は「まだ入ってんだろ?勿体付けずに出てこいよ?」と徳利相手に訳の分からない事まで呟いている。絡む相手がいなくなったからってそれはないだろ。


「シュラさんだって相当ですよ、迎えに来る人に引き渡ししますからもう帰ってください」
「あたいはまだ戦える」
「戦わなくていいですから」
「んにゃ、おまえが戦え」
「何の話だよ」


 会話にならない、面倒くさい、早く帰りたい。


「だーかーらぁ、こっちはやっとくから下に転がってるそいつを持って帰ってくれっての」


 そう聞いて個室の入口に腰掛けて下を覗くと、生気を失った作り物の様な尻尾が力無く丸まっている。掘り炬燵の中には兄がいて気持ちよさそうな寝息を立てていた。シュラさんの足台になっているというのに幸せそうで何よりだ。


「…もう上級祓魔師だっていうのに」
「上級も下級もねぇだろ、こいつはあたしの弟子に変わりはねーの。聖騎士になったとしたって可愛がってやるぞぉ〜」


 確かにそうだろうなと僕も思う。何だかんだ言っても頼りになる人だ。でも兄さんにはもうちょっと威厳を持ってもらいたい。いや、兄の威厳すら元々ないのだから無理な話か。


「兄さん、迎えに来たよ」
「ん……」
「早く出てこないと置いてくぞ」
「……俺はまだ戦える」


 だから、何なんだよこの子弟は。


「戦わなくていいから出てこい、三秒以内だ」


 低めの声で期限を切り自らの腰に手を持って行くと、殺気を感じたのか兄さんは三秒きっかりで這い上がってきた。そして赤い顔のままおずおずと個室の入口に腰掛けて小さい子供が座ったまま足をぶらぶらさせるみたいに店員が持ってくるブーツを待っている。


「本当に帰って大丈夫ですか?」
「大丈夫だって、任せろ。それより燐一人持って帰る方が骨が折れる」
「まぁ、確かに」


 見下ろすと兄さんは一生懸命に持ってきてもらったブーツを履いていた。履いていた、というよりは履こうとしていた。左右逆な事には気が付いていない。


「ゆきお、俺のブーツ壊れてる」
「壊れてないだろ?壊れてるのは兄さんの目だよ」


 僕は溜息を吐いて兄さんの正面にしゃがんでからブーツの紐を緩めた。こういう場に来るのにこんな靴を履いて来るなんて、きっと任務明けに引っ張り出されたのだろうと思う。以前は自分もよくあった事だ。


「酔っ払っちった」
「そうだね」
「怒ってんの?」
「怒ってないよ。ほら、出来たから帰ろう」


 怒っているか聞くなんて、兄さんは兄さんなりに酔ってはいても酔いきれなかったのかなと思った。
 シュラさんに後は任せて店を出た。歩けない訳ではなさそうだが、ふらふらしていてとても危なっかしい。


「もう、おんぶしてあげようか」
「うん」


 いつもなら「大人なのに恥ずかしい」とかきっと言うのだろう。でもアルコールの力は偉大で今日の兄さんはやけに素直だった。それに理由はそれだけじゃないのかもしれない。
 少し話していただけなのに外はもう雪が積もり始めていた。毎年ではないけれど今日と同じ日同じ時間、いつも雪が降っているような気がしていた。神様が僕らの周りだけ雪を降らせて何も無かったように白く消してしまおうとしてるんじゃないかと本気で考えた事もある。


「ゆぎおぉ」
「何その呼び方」
「水くれよぉ」
「はぁ?さっき店でもらえば良かったじゃないか」
「今飲みたくなったんデス」
「雪も酷くなってきたし家まで少しだから我慢してよ」
「いつも持ってんだろ出せ」
「持ってないってば」
「これだから雪ちゃんは」


 やれやれと溜息なんて吐かれる理由がわからない。いつの間にか僕が悪いことになっているじゃないか。


「もう面倒だから寝ててよ」
「何だよ、せっかく……」


 そこまで言いかけた兄さんは僕の首に顔を埋めて時折すりすりと頬を寄せる。たまに二人で眠る時、兄さんが無意識にやる仕草だ。


「おまえ良い匂いすんなぁ」


 温もりを感じて鼓動を感じて存在を確かめて。僕が思うように感じるようにきっと兄さんも感じているのだ。嬉しいけれど言葉にされるとちょっと恥ずかしい。


「あんまり嗅ぐな」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」


 すん、と息を吸い込む音がして首に絡み付いた腕にぎゅっと引き寄せられる。近過ぎる距離に自分を見つめる潤んだ瞳があってその手前で黒い睫毛が瞬きをした。


「あああああったぁ!」
「え、えぇ?」


 今いい雰囲気だったんじゃないか?僕の気のせい……なんかじゃないよな、腕引き寄せてきたし絶対そんな雰囲気だっただろ!
 背中から飛び降りて見つけた自販機まで右へ左へとふら付きながら走って行った兄さんの背中を見詰める僕の顔はどんなだっただろう。だいたい想像は付くが。


「ゆぎおぉ、押しても出ない!」
「お金入れてないじゃないか!」


 薄っすら積もり始めた雪の上を歩いて財布から小銭を出してボタンを連打しまくる兄さんに渡す。無駄に良い笑顔で「サンキュ」と言ってから迷い無くいつも僕が飲んでいるミネラルウォーターのボタンを再び押した。兄さんなら飲んだ後も真っ先にジュースだと思うのに今日は違うらしい。相当飲んだのだろう、自販機に凭れかかってパキリと蓋を開けた。


「なぁ」
「ん?」
「まずかったらどうすんの」
「……意味がわからない」
「だからさぁ、おまえが先に味見してよ」
「まずいとかないだろ、水だよ?」
「だから!大丈夫だったらおまえが俺に飲ませろって言ってんの!」


 確認しよう。

 兄さんは今とても酔っ払いである。それでいていつもはしないおかしな要求を僕にしている。僕が兄さんに水を飲ませる。ペットボトルで?それとも口移しでなのか?兄さんからそういう事を強請られたことは無いし、さっきからおかしな言動が見受けられる為まともに受け答えてはいけないんじゃないだろうか…。


「俺はまだ酔ってない」


 あぁ。ここはやはり一旦帰路を急いだ方がいいのかもしれない。


「とにかく帰ろう」
「やだ、飲ませろ」
「美味しいからご自分でどうぞ」
「やだやだ」


 おい、やだやだするのヤメロ、可愛い。


「ゆぎおの飲みたい」


 思い掛けない爆弾投下に心臓がばくばく音を立て始めた。それは違う妄想に走るじゃないか。どうしたんだ兄さん…エロい!


「もう、いいから帰るよ!」


 このままじゃなかなか家に着きそうにないと判断して今にも座り込んでしまいそうな兄さんを担ぎ上げた。上半身が逆さになってしまったから気持ち悪くなるかもしれないと思ったけれどそんな心配とは裏腹に抗議の声が絶えず聞こえてくる。


「これじゃすりすり出来ねーだろ!」
「はいはい、帰ったらすればいいでしょ」
「すんすんも出来ねー!」
「はいはい、そうだね」


 暴れる兄さんが持つペットボトルの蓋はまだ空いていたらしくて味見の前に全部ぶちまけてる事にも気が付いていないのだろうなと溜息を吐いた。
それからも意味の分からない酔っ払いの戯言を聞き、自宅へ着いたのは日付が変わる少し前。玄関で兄さんを解放すると今度は手を引かれてソファーに座るように促された。


「いつの間にか水無かった」
「うん」
「知ってた?」
「知ってたも何も、兄さんが全部ぶちまけてたよ」
「……俺、ゆきおと口移し出来ね―じゃん」


 じわりと涙を溜める兄さんに驚いたけれど、何というかとても、その、…可愛い。そして酔っ払いが故の行動だという事を忘れてはならない。水なら冷蔵庫にもあるし、持ってきてあげようと腰を上げると右手がふわりと兄さんの手に包まれた。


「行くなよ」
「いや、冷蔵庫に水を」
「やっぱり、おれ、ゆぎおに嫌われ……ううっ」
「どうしてそうなるんだ、もう、飲みすぎなんだよ」
「だっで、誘ってもちゅうしねーし、今日、俺達の誕生日なのに、飲み会で遅くなって、待ってたんだろ」


 あぁ、そうかなとはちょっとだけ思っていたけれど。そんなの全然気にしていないのに。


「今日って、まだ二十七日じゃないよ」


時計は日付の変わる一分前だ。


「じゃあ、あいしてるのちゅうするか?」
「水はいらないの?」
「いらない、から」


 顎を上げて恥ずかしそうに目を瞑る。女子かとも思うけれどあまりにその姿は愛しすぎた。初めて強請られたキスはお酒の味がした。
 ただの言い訳だったミネラルウォーターも良く考えれば可愛い誘いだった。今年はお酒の力を借りなくてももっと素直に誘ってくれたらいいのに、なんていう僕の願望は胸に秘めておく事にしよう。
 




end




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