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□口紅痕にはご注意を。(無配ペーパー)
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「ねぇ、どうしてそうなったの」


部屋の扉を開けたら雪男が青白い顔で仁王立ちをしていた。もう秋なのにエアコンの設定温度低すぎじゃね?ってくらいものすごい冷気が廊下に流れ出る。無意識に俺は身震いをした。つーかこの部屋エアコン付いてなくね?


「だからな、兄ちゃんだって付き合いってもんがあんだよ」


頭はわりと正常に物事を把握していると思うのに反感を買う様な言葉が出てしまった。これは駄目だ、雪男の眼鏡が半端無く反射している。
そう、付き合いだからまぁ致し方ないのかもしれないがこれはあまりに酷い。反論しておいて何だが自分でもこれはあんまりだと思う。


「付き合いでシャツに口紅とか付けて帰って来るんだ。こんな時間の帰宅で?疑われたって仕方ないよね?」


はい、その通りです。
俺が逆の立場だったら喚き散らしてしまうだろう。今の雪男のように冷静ではいられない。


「何を疑ってんだよ」


きっと雪男の心中は怒りと悲しみでいっぱいだろう。素直にごめんと謝れば状況も好転するかもしれない。それなのに、どこかで自分は疾しい事などしていないという気持ちが邪魔をする。


「疲れたから、話しは明日な」
「明日ってもう今日だろ。あと一時間もすれば朝だよ」


ということは、今は四時くらいか。更に言うと、こいつは今まで寝ないで俺を待っていた、って事か。


「怒るなって」
「僕だって怒りたくない」
「おまえは俺が浮気したって思ってんの?」


ただでさえ気になる身長差が玄関の段差のせいで今は更に五センチほど差が広がっていた。雪男は俺の顔を首を折って見下ろし、俺はいつもより少し上向きに顔を上げて雪男の目を見ている。


「そんなの…」
「信用できねーの?」
「そうじゃないけど、大事な人がこんな風に帰ってきたら不安になるのは当たり前だよ」


俺は「大事な人」と言う言葉に内心嬉々として、雪男は「心が痛い」そんな表情をする。
実際の所、今日の飲み会ではかなり絡まれた。いつもは雪男もいるせいか上手い理由を見付けては遅くとも日付が変わる頃には退散出来ていた。だが今日に限っては深夜の時間帯に雪男は別の任務に駆り出され、断りきれない俺はたまにはいいかと一人で誘われるまま会に参加した。だが「奥村兄のみ」というのはどうにも隙が多かったらしい。ここぞとばかりに同僚の女性は雪男の事を聞きたがるし、男共は弟がいないことをいいことにどんどん酒を注ぐ。その上、三次会まで付き合わされて最後に行った店はオカマバーだった。つまりこのシャツに付いた口紅は、面白くも綺麗とは言い難いオカマに危うく唇を奪われそうになって何とか回避できた時に付けられたものだ。あの場にいたなら「良く逃げられたものだ」と褒めてくれたっていいと思う。
だけど今は雪男には悪いがその説明をするのさえも億劫だ。正直早く寝たい。


「もー、上がってもいい?」
「僕が納得しないとダメ」
「ここで立ったまま納得いくまで説明すんのか?」
「それ以外にないでしょ」


こうと決めたらそれは曲げられない。それが良い場合もあるが今回は面倒以外の何物でもない。今すぐにでもベッドに身体を沈ませたいのにこっちが苛々してくる。かといってだらだらと説明するのは今の俺には無理だ。頭の中は半分寝ているし、もう、とにかく、寝室に向かいたい。


「気付いてないみたいだけど、兄さん結構人気あるんだよ」
 溜息交じりに雪男がぼそりと呟いた。
「僕も色々聞かれた事ある」


自然と落ちてくる瞼を無理矢理に開けて上目遣いで怪訝な顔をした。


「だから、そうなるとやっぱり…」


目を逸らした雪男はギリッと唇を噛んで続く言葉を噛み砕いてしまっているようだった。


「…ったく、俺は何があってもお前を信じてるっつーのになぁ」


雪男は心配性だ。俺の事を信用していない訳じゃないことはわかっている。
眠い目を擦ってバリバリと頭を掻いてから静かに倶梨伽羅を床に置いた。


「説明すんの面倒だからさ、おまえがチェックしてくんねぇ?」


来ていたコートを床に脱ぎ捨てて、結んでいたネクタイを片手で緩めながら俺は一歩分雪男に近付いた。ぐいと引くとしゅると衣摺れの音がする。


「チェックって…」
「誰かとやって来たなら香水の匂いが残ってるとか、シャワー浴びてきたなら石鹸の匂いがするとか。あとはキスマークが付いてるとか……説明しなくたってわかんだろ」


口を尖らせながら自らシャツのボタンを外していく。ちらりと覗いた肌を見たのだろうか、雪男は頬を染めて視線がふいと逸れた。


「ここで脱ぐなよ」
「おまえが入れてくんねーからだろ」
「入れ……うぁ!ちょっと」


いきなり首に回された手が引き寄せられて雪男の顔が俺の首に収まった。一瞬で体温が上がったようで触れた肌から熱いくらいの体温が伝わってくる。耳までもが赤い。


「俺じゃない匂いするか?」


言葉は無く、思案してから首が一度だけ横に振られた。


「風呂だってまだ入ってねーよ」
「うん、お酒臭い」
「当たり前だろ、飲んできたんだから」
「そうだったね」


角が取れていくように雪男の気持ちに平静が戻って来る。声さえも先程よりずっと丸くて優しく聞こえた。


「あとは身体…」


一番下までボタンを外したシャツを着たまま自らズボンのベルトに手を掛けた。
酔った頭でもわかる。なんで玄関先でこんなことやってんだ俺。いくら相手が納得しないからって律儀に家に上がらずにここで確認してくれとかシラフだったら絶対してないだろうな。
するりとズボンが床に落ちて、肌蹴たシャツ一枚にパンツ、あとは靴下。仮にも階級をそこそこ持っている男が晒す格好じゃないだろう。
でももうこれでいい。
雪男が納得するなら構わない。


「兄さん」


呼ばれて虚ろな視線を上げると雪男の腕がひょいと俺の身体を軽々持ち上げた。


「お姫様抱っことか俺は嬉しくねーぞ」
「そう?…なんか素直だし、許してあげようかな」


雪男は俺を抱きかかえたままくるりと向きを変えた。顔を寄せ、スンと空気を吸い込んでからフフッと笑う。


「何で笑うんだよ」
「潔白なんだろうなと思って」
「だからそう言ってるだろ」


半開きだったドアを行儀悪く足で開けた。雪男にしては珍しい。そうっと整えられたベッドに下ろされて柔らかい枕に頭が埋もれると心から幸せの吐息が漏れた。


「チェック、まだ終わってないからね?」
「え、潔白は証明されたんだろ?」
「証明はされてないでしょ?そう思っただけ」


ぎしっとベッドが沈んで雪男が俺の身体に跨ってきた。逃げるなんて無しだからとでも言いたげな顔で見下ろされている。


「ならどーぞ」


俺は観念したように身体から力を抜いて目を閉じた。肌に触れる布が心地いい。包まれるような感覚に意識を持っていかれそうだ。つまり物凄く眠い。このまま寝てしまおうか。
だがそんな微睡を打ち砕くように雪男の手がパンツの縁を引っ張った。


「っ…、おい!」
「何?」
「何ってパンツも脱ぐのかよ」
「当たり前でしょ。あとはこの中だけ」
「ほんとかよ……っちょ!あ!」


俺のパンツは宙を舞い、スローモーションで見ているように情けなくドアノブに引っ掛かった。
妙なものだが中途半端に衣類を身に纏っていると言うのは真っ裸よりも恥ずかしい。ボタンの開いたシャツに靴下だ。変なプレイみたいだと悶々と考えていると両膝に宛がわれた手によって俺の股間は一気に全開にされた。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「うるさいよ」
 うるさいとはなんだ、当たり前の反応だろう!
「……ひっ!」


雪男の指が性器に触れて、後孔にまで触れてくる。俺は両手で顔を覆って堪えがたい羞恥に震えた。エッチをする時よりも恥ずかしいったらない。酔ってるから?いや、そうじゃない気がする。


「うーん、多分潔白」


その声は俺の股間から聞こえてきた。まさかの場所からの声に思わず力が入って太腿で雪男の顔面を挟み込んでしまった。


「バカヤロー!そんな所から顔出してんじゃねー!」
「兄さんがホールドしてるんだろ!」
「俺をこんなに辱めておまえは楽しいのかっ?俺だけこんな裸同然でフェアじゃねえっ!」
「フェアとかそういう問題じゃないだろ。そもそもあんな状態でほぼ朝帰りの兄さんが悪い!それとも何?本当に裸になっていいの?僕も裸になったらどうなるかわかってるんだよね?」
「へ?」
「わかった。脱ぐからこのホールドを解除して」
「いやいや、兄ちゃんすごく眠いし。風呂まだだし。それにほら、もう朝だし」


カーテンからは薄日が差している。徹夜で帰ってきた上にこれから予定外の予定を入れるなんて、俺は勿論だが待っていた雪男だって辛いはずだ。


「脱がないにしたってもう限界だよ…目の前で兄さんの兄さんがさっきから揺れて…」
「この……エロ眼鏡が……」
「眼鏡は関係ない。見ないでいろっていう方が難しいだろ……ちょっと反応してるし」
「言うな馬鹿ぁぁぁぁぁぁ……あっ!」

 
もう絶対オカマバーには行かない。眠気と快楽とがごちゃ混ぜになった頭の中で俺はそう誓った。

  





End

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