memorial

□大人になっても、離れていても。
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正十字騎士団日本支部。
その中にある一つの扉ががギィと古めかしい音を立てながらゆっくりあいた。

支部の廊下はポツリポツリと等間隔でついた照明によりなんとか視界は保たれているが深夜の時間帯だから人の気配も感じない。
繋がった元居た場所はまだ光が射している。
重い鞄を左手に持ちかえ、懐かしい風景に少し笑みを称えて後ろ手に扉をゆっくり閉めた。


任命を受けてヴァチカン本部に勤務するようになったのは三年前。
わざわざ他国の支部から本部に転勤というのは将来有望株の人間だけが受けられる有難い命だという。雪男もそんな選ばれし者の一人で、燐を置いていかなくてはならないことに悩んだりもしたが自身の技術向上や本場の祓魔の勉強の為に思いきって決断し監視役の全てをシュラに任せて三年の間勤めてきた。勿論根底には燐を守るという使命がいまだ色濃くあるのだけれど。


「なんで俺に頭使うような仕事ばっかくんの?いじめかこれ」


辿り着いた事務室の扉は明け広げられていて中からは誰かと話しているような、おそらく独り言なんだろうけど不満に溢れた声が聞こえてくる。懐かしいその声にふふっと笑みを溢しそっと中を覗いてみると机にかじりついて頭をバリバリと掻く背中が見えた。いい大人になっても相変わらず机に向かうのは苦手なようだと悪戦苦闘しながらも懸命にペンを動かす姿に込み上げる笑いを堪えながら一歩一歩歩みを潜めて着実に距離を縮めていく。


「ぐあっ!もう、めんどくせっ!」


ぴったり背後についてもまだ燐は気が付かない。そんな事でよく祓魔師が務まるな、と思うけれどそんなことを言いながらもまだペンはしっかり握られて動きは止まっていない。内容は別として乱雑だけど報告書は一応形になりつつある。しかしながら一行書くたびにラップのように繰り出す「めんどくせっ」が妙にツボにはまって堪えるのも既に限界......耐えきれずに遂には噴き出した。


「ブフォッ!!!」

「うおわっ!!!!!ちょ、ビックリし......ゆきお?」


振り向いた顔は三年前よりほんの少しだけ大人になっていた。丸かった頬のラインが少しシャープになっただろうか。だけれど基本は変わっていなくてポカンと口を開けるその燐らしい間抜け顔がまたどうにも笑いを誘う。というかもう何をしていても笑いは止まりそうにない。腹を抱えて顔を引きつらせながらも何とか呼吸を整えて出来るだけ早く通常の自分に戻るように努力した。


「ひっ......久し振り.....っ」

「ツボったか?」

「いや、......そんなことは」

「三年ぶりだってのに失敬な奴だな」

「だって」

「だってじゃねぇんだよ」


勢いよく立ち上がった拍子に椅子は倒れて書きかけの報告書が床に散らばった。はらはらと落ちていくそれと一緒に持っていた鞄も反動で床に落ちたけれどそんなことお構いなしに燐は雪男の首に飛び付いた。
懐かしい匂いと高い体温、そして早鐘を打つ心音が触れている身体からダイレクトに伝わってくる。


「シュラさんに似てきたんじゃない?」


首に埋まる頭に頬を寄せて背中に手を回すと強かった力が抜けて額をグリグリと擦り付ける子供のような仕草に笑みが溢れた。尖った耳はほんのりピンク色に染まっている。


「おまえがヴァチカンに行ったせいだ」

「僕のせいにしないでよ」

「おまえが傍にいたらシュラなんかに似なかった」


久し振りだからよく顔を見せてもらいたい。小さく肩を震わせているくせに、どんな顔で強がりを言っているのだろう。


「僕の顔を見て言ってよ」

「......おまえの顔なんか見たくねぇ」

「抱き付いてるくせに」

「うっせー」


ずびっと鼻を啜る音が聞こえる。案外涙脆いところがあるんだった、そう思いながら髪に触れると燐は大きく息を吸い込んでから雪男の頭を抱え込んで力任せにぎゅうぎゅうと抱き締める。


「ここにいろ」

「そのつもりで帰ってきたんだけど」

「もう......やだからな」


もう一度鼻を啜る音が聞こえる。
無理矢理に身体を離して燐の顔を見れば目を充血させ鼻を赤くして口を尖らせたあの顔だ。折角少し大人っぽくなって男前も増したと言うのに愛しい仕草は何一つ変わらずに雪男の心を更に強く掴む。


「また一緒に暮らしてくれる?」


柔らかく笑って燐の赤くなってしまった目尻に親指を這わす。撫でてくる指に気持ち良さそうに目を閉じた燐はそのままにこりと口端を上げた。


「しょうがねぇ弟だな!」


何度も聞いたその台詞はいつもいつも燐の嬉しさが溢れている。そう言う変わらない笑顔を見て雪男は燐の手をそっと握った。






end

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