memorial

□君色をくれた君
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日曜の朝、まだ辺りはしんと静まり返って鳥の声が朝の空気に馴染む頃、決まって燐は近所のスーパーに出掛けていく。いつもは10時開店なのだが、日曜だけは朝市があるらしく9時に開店すると同時に店になだれ込む人波に拐われても行く価値があると燐は鼻息を荒くして熱弁を振るう。そんな姿を思い出して「必死すぎるだろ」と漏れた言葉にクスクス笑った。

確か今日は玉子と豆腐と挽き肉が安く買えれば御の字だと言っていた。体力があり動きの機敏な燐にとってそういった戦利品を手にするのは容易い事だと思うかもしれないが実際のところそうではない。日曜の早朝といったら大半はお年寄りのお客がメインで元来根は優しい燐の事、お年寄り方を跳ね退けて我先にと特売品に手を伸ばすことは出来ないのだ。そうなれば最初から品物の前で待機するかラッキーなおこぼれが自分の手に落ちてくるのを待つしかない。雪男は以前一緒に行った朝市で燐のそんな姿を見ていた。だから帰ってきた手に戦利品が少ししかなくても「今日も駄目だったんだ」と笑って返すようにしていた。

時計をちらりと見ると時間は10時少し前。身を乗り出して窓の外を覗くと案の定ひょこひょこと歩いてくる燐の姿を見つけた。だがその姿はいつもと違う。両手にそれぞれ大きなスーパーのビニール袋をさげていた。何となくそれがすごく重そうに見えたのと、何をそんなに買ってきたのか知りたくて机の上の参考書やノートはそのままに部屋を出て階段を降りていく。らしくなく踵を踏み付けたスニーカーは思いの外早く足が前に出ていかなくて、寮の玄関にたどり着く頃には一足早く燐がその扉を開けていた。


「お帰り」

「おう!つかどしたんだ?」

「いや...重そうだったし、いつもより多いから特売品沢山買えたのかなと思って」

「重くたって平気だし。俺を誰だと思ってんだよ」

「...そうだね」

「それと、戦利品は少ないけど」


ガサガサと袋の口を開けて見えてきたのは戦利品だろう玉子とその下には刺身のパック、鯵が2尾と野菜類、鶏肉に小麦粉、生クリーム、苺やブルーベリーなどの果物。見る限りでお得にゲット出来たのは玉子だけのようだった。魚や野菜はわかるが、いつもは買わない生クリームやフルーツはデザートでも作るつもりなのだろうか。


「パーティーでもやるつもり?」

「何?わかんねえの?」


何の事だと首を傾げる雪男に同じように燐も首を傾げてみる。


「今日は何の日だ?」

「え...っと...何だっけ?」

「...そういうの大事にしない男は嫌われるんだぞ」


腰に手を当てて仕方のない奴と少しだけ見上げる兄と腕組みをしたまままだ言い当てられぬ弟。いつもの立場が逆になったようで雪男が頭を悩ませるのを見ているのは燐にとってちょっと面白かった。眉間に皺を寄せる雪男の頭にポンと掌を乗せて上がってきた碧に答えを与える。


「こっちに来て一年だろ?」


そう言うと床に置いたままだったビニール袋の持ち手を一方は左腕に掛け、もう一方は左手に持つ。余った右手はジーンズの後ろポケットを探り出していた。


「そんでおまえが祓魔塾の講師になって一年だ」


目の前に差し出された燐の右手には透明なフィルムにシルバーのリボンで包装された青い薔薇が一輪握られていた。その色は燐の瞳のような青だ。


「きれーだろ?でも高くて一輪しか買えなかった」

「.........」

「なんだよ」

「...兄さんてロマンチストなんだね」

「ばっ!ちげー!!たまたま通り掛かった花屋さんでたまたま見掛けてたまたま店のおばちゃんが一輪でも包装してくれるっつーからっ!!!」

「たまたま今日がそんな日だったから?」

「おう!!!」

「でもたまたま通りかかるには花屋さんスーパーよりもずっと遠い所にあるよね?」

「う......」

「ありがとう、兄さん」

「どういたしまして!!!」


半分やけくそな言葉を吐き出して真っ赤な顔で階段を上がっていく。少しからかいすぎたかなとその背中を微笑ましく眺めた。

青色の薔薇はまだ全ての花弁が開いておらず、中の花弁ほどグリーン寄りの青へと色が変化していた。燐はそれに気がついていてこの花をプレゼントしてくれたのだろうか。


「これじゃ僕が守られてるみたいじゃないか」


青が碧を包み込む。
たった一輪だけれど、そこには色んな気持ちが詰まっているような気がした。









end

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