memorial

□彼女の気持ち
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※燐♀姉さんです。




夕焼けに染まったピンク色の空が半分ほど深い紺色に変わる頃、僕は純粋にきれいだなと空を見上げた。いつもよりも今日は格段に帰宅時間が早かった。重い鞄を右手から左手に持ち変えて我が家の入る旧男子寮の階段を数段上がると扉の前に小さな紙袋が置いてある。中を覗いてみると更に丁寧に紙袋に入った何かと二つ織りにされたメモ書き。


「?」


中身が何なのかわからない以上、安易に手を出すのは危険だろうか。普段から警戒心を持って物事に接しているせいか慎重にその紙袋に近付き不審なところはないか確認の上、そうっと差し込んだ指の先でメモだけを取り出した。誰かからのプレゼントかもしれないな、何て考えながらゆっくりと文面を開いてみた。


『落とし物です』


開けば女性らしいピンクの小花のメモ用紙に綺麗な文字でそう書かれている。落とし物をわざわざこんな丁寧に袋に入れて改めて届けてくれたということか?一体何を落としてしまったのかというのだろう。持ち上げてみたところ重さを感じるような代物ではないようだ。とにかく入り口で中身を広げ出すのも気が進まなかったのでひとまず部屋に持ち帰ることにした。





*****






「ただいま」


扉を開けてそう告げると自分のベッドで寝転んでいた姉さんはがばりと起き上がりいつものようにニカッと笑った。


「おかえり!雪男!」


笑顔の後ろで思いっきり左右に揺れる尻尾が今の姉さんの気持ちを表していると思うと自分に向けられる気持ちが嬉しくて自然とこちらも笑顔になってしまう。無駄ににやにやしているかもしれないな、と気が付いて思わず口元に手をやった。


「何?どした?」

「いや、何でも」


気を取り直して口元にあった手を眼鏡のフレームへと意味もなく移動させた。靴を脱ぎ揃えて机に向かうと姉さんもまた尻尾を揺らしながら近付いて僕の横から手元を覗き込む。


「なぁ、これ」


指差した先は先程の紙袋だった。
お土産?旨いもの入ってる?とソワソワ落ち着かない。


「あぁ、落とし物みたい。下の入口に置いてあったから持ってきたんだけど...」 

「落とし物って何だったんだ?」

「まだ見てないんだよ」


紙の手提げ袋の中から落とし物が入っているだろう紙袋を取り出しその口を開けて中に手を入れてみる。


「ん?」


僕の疑問の声に姉さんは更に身を乗り出した。手に当たった布の端を持ち上げるとその全貌が姿を現す。


「え?」

「っ、あ!あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


白いレースで縁取られた、可愛らしいリボンがついた、いわゆるその、あれだった。


「俺の!買ったばっかのやつ!」


僕はその買ったばかりだという代物の端を持って暫し固まってしまった。何故下着なんかが落とし物として届けられていて、何故これが姉さんのものだとわかったのか。近隣にうちの家庭事情をばっちり把握している人間がいるということなのか...今までそんなに危うい干し方をしていた姉さんにも問題ありだ。
じわじわと赤くなっていく自分の頬よりも、あまりに無防備な下着の干し方をする姉さんを何とかしなくてはという思いの方が先立ってしまう。


「......姉さん」

「何?」

「ちょっと無用心じゃない?」

「まぁそう、だったかも...でも戻ってきたんだからいんじゃね?」


よくないだろ。ちっともよくないだろ。思わずブラジャーを持つ手に力が入ると姉さんの顔色が一変した。


「ばかっ!んなに力入れたらワイヤー変な風に曲がんだろ!新品なのにっ!」

「新品だって言うならもっと丁寧に扱えば?それより下着を無防備に干してる方が問題だろ?」

「無防備にってどんなだよ!フツーに干してたのにたまたまどっかに飛んでっただけだろ?風が強かったんじゃねーの?どうやって自然現象から守れっつんだよ!」

「女性の下着なんだから留守にするなら部屋干しが基本だろ!もうちょっと気を使ってよ!」

「っ......雪男の馬鹿!部屋干しなんかしたら...」


したらなんなんだ。そこで口を尖らせて何を口ごもる必要があるのだろう。
僕からしたら外に干して名前も知らぬ他人に拾われる方がよっぽど恥ずかしいと思うけど。


「何?はっきり言いなよ」

「おまえっ、女の子の気持ちがまるでわかんねーのなっ!」


唇を尖らせた顔がふいっと僕のいる方とは反対側を向いた。僕が女の子の気持ちをわかっていないのなら姉さんは男の子の気持ちをわかっていないよね?背中まで向けられてその身体も僕と距離を取りたがっている。下着ひとつの事でこのまま喧嘩状態で過ごさなきゃならないのは本意ではない。気が付けば僕の手は姉さんの腕を掴んでいた。
 

「わからないから教えてよ」


深い青の瞳が振り向いて僕を捉えた。
明らかに「怒ってるぞ!」と言わんばかりの膨れた頬が桃色に染まっている。何でこう普通にこうなのか。抱えていた怒気など一瞬で消えてしまう。


「うっすら笑ってんじゃねぇよ」

「ごめん......でも、これが」


膨れた頬に人指し指を押すように触れる。


「可愛かったから」


シュウっと音が出るようにしぼんでしまった頬が今度は一気に紅潮する。言葉にならない声を発して俯いてしまったから今は赤くなった耳しか見えなくなってしまった。


「それで?」

「?」

「部屋干しなんかしたら?」


変わらず顔をあげない姉さんの耳が更に赤く染まる。髪を纏めていたから白く覗く首筋までもが赤くなっていくのを見ながらするすると延びてきた尻尾が僕の脇腹辺りをバシバシと叩くのを感じた。


「......折角新しいんだから着けてるの見せたいだろ?」


こうやっていつも姉さんは思ってもみないところで爆弾を投下するんだ。





end



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