memorial

□夜桜の下、君と僕なら。
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なんだか納得のいかない気持ちのまま決められた場所へと向かう。
全く今夜から場所取りなんてどんだけ気合い入ってるんだよ。
だいたいにしてこのイベント事、フェレス卿がやりたいだけだろう?
しかも徹夜って...。
モヤモヤした気持ちと一緒に場所を書いたメモをポケットの中にくしゃりと突っ込んでまたひとつ溜め息が溢れた。

塾からそんなに遠くないこの桜が多く咲く公園は付近の住民の憩いの場だ。休みの日などは家族連れやカップル、友達同士などで賑わっている。
さすがにこの時間は人も疎らで桜の下には僕と同じように明日の花見の為だろうか場所取りに来ているだろう人間がちらほら見受けられた。

ブルーシートがお決まりな中でこのピンクの水玉を広げるのは勇気がいる。更にその真ん中に座って朝まで待機とは。まるで罰ゲームだろ、任務を掛け持ちさせられる方がどんなにましか。
そんなことを考えながらもその為に来たのだろうと自分に言い聞かせて派手なシートを広げた。


「とりあえず、兄さんに...」


仕方なく広げたシートに上がり真ん中に座って携帯のボタンを押す。急だったから「ごはんはいらない、帰れなくなった」と連絡を入れる時間もなかった。今日のメニューは何だったのだろう。途中で何か買ってくればよかったかな。
食事の事も今から伝えた所でこの時間だ。「そういうことは早めに言え」って怒られるかな、なんて考えながら繋がるのを待つ。
ほぼ濃紺に色を変えた空を見上げるとプッと繋がったコール音のすぐ後、自分のすぐ後ろから聞き慣れた着信音がした。


「......っ、兄さん!?」

「よぅ!」


慌てて振り返れば携帯を持った手を上げてニカッと笑う兄さんがいた。今日はもう会えずにそのまま花見に突入して夜は任務だと思っていたから、こんなに近くにすぐに会いたかった姿を見て胸が高鳴った。


「なんだよ、兄ちゃんが来たのがそんなに嬉しかったか?」


乱雑に靴を脱いで持ってきた手提げを置き脇に抱えていた毛布を広げてふわりと僕に掛けてくれる。兄さんは横にしゃがんで僕の顔を覗き込んだ。


「なぁ、聞いてんの?」

「あ、うん、嬉しいよ」


にっこり笑って見せれば照れたようにそっぽを向く。聞いておいて照れるなよ、と思うけどくるくる変わるこういう兄さんの表情は結構好きなんだ。
横に向けた首筋には僅かに汗が浮かび頬には赤みが差している。


「走ってきたの?」

「ん?あ、あぁ...シュラから電話があって聞いたんだ。雪男ひとりで寂しいと思うから行ってやれって」


兄さんも過保護だけど、シュラさんも大概世話焼きだなと思ってしまう。
おかげで僕の中にあった苛々は消えてこんなに理不尽で退屈だったであろう花見の場所取りという任務までもが先程とは全く別物に思えてくる。こうやって兄さんと二人、勉強も仕事もしないでただ居るということなど普段ならまず無い状況だ。この際だからそれを楽しまない手は無いだろう?
僕はかけてもらった毛布をもう一度ばさりと浮かせて片側を兄さんの肩に掛けにこりと笑い掛けた。






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