memorial

□魔燐の香り
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昨晩から気になっていたことがある。
任務から帰って部屋の扉を開けてからずっと感じていた。


「兄さん、何か付けてるの?」

「へっ?」

「香水とか」

「はぁ?俺がそんなの付ける訳ねぇだろ」

「だって昨日からいいにおいするよ」


花の香りのようで清々しい。柔らかく自然に薫るそれに惹き付けられるように身体は自然と着替えをする兄さんへと向かう。


「ちょっといい?」


僕は顔を近付けて首の辺りですんと鼻を鳴らした。やはり兄さんからこの香りはしている。少し甘いにおいが脳を刺激するのか無意識に皮膚ぎりぎりまで近付いてもう一度嗅いでみる。


「何だよ、動物みてぇ」


兄さんは楽しそうにクスクスと笑った。
確かに自分でもそう思うがこうして確認するしかないじゃないか。僕の知り得る情報の中で的確にヒットするものは無かったが、もしかしたら悪魔の身体であるからこそ色魔的な要素が出たのかもしれない。ましてや青焔魔の落胤だ、どんな能力や素質を持っていたって不思議じゃない。


「何て顔してんだよ。ほら行くぞ」

「うん」


先を行ってしまった兄さんを追いかけるように僕も部屋を出た。何故だか今日はいつも以上に兄さんが気になって急いで距離を縮めずにはいられない。慌てて追い付くいつもとちょっとだけ様子が違う僕を感じたのか「変なやつだな」と兄さんは不思議そうに首を傾げた。





******






一日目、祓魔塾。


「今日は先日勉強した薬草を使い、実際に薬を作ってみたいと思います。難しい作業ではありませんが薬品の取り扱いには注意してくださいね」


生徒たちの返事を聞くと雪男は黒板に向かい薬品作りの手順をさらさらと簡潔に書いていく。相変わらず几帳面で見やすい字だ。ぼうっとそれに見入っていた俺の耳にカリカリとみんなのノートへ書き移す音が聞こえて慌てて自分もノートへと視線を落とした。手早く項目を書き終えてチョークを置くと手についた粉を払いながら此方へ向き直す雪男の視線は何故か俺にばかり向けられていて目が合う度にふいと逸らされた。
何かやっただろうか...いや、今日はちゃんとノートもとってるし話も聞いてるし寝てもいないし...何なんだ......あ!朝言ってた俺のにおい、まだすんのかな。


「配るものがたくさんあるので、えぇと......じゃあ奥村くん」

「う、あ!?」

「手伝ってくれますか?」

「......はい」


何でまた俺を指名するんだよ。何か狙いがあんのか?......考えたって俺の頭じゃ役に立ちそうにない。まぁ、取りあえず与えられた仕事をそつなくこなす事が大事だよな。にっこりと笑顔な雪男の手からプリントの束と薬草各種を受け取った。渡される時に何故だかやたらと手に触れられた、と言うか握られた、というか撫でられた?ような気がしたけど...とにかく指示される通りに一人ずつ配って行く。


「では二人一組になって作業を行います。組合せは自由ですが、奥村くんはぶっちぎりで危険度を伴いそうなので僕と組んでくださいね」


スッと後ろに立った雪男はいつもの笑顔で塾生に告げるとこっちにおいでと手招きをした。みんなの輪から離れて言われるままに顔を近づけると内緒話でもするかのように雪男の顔と手が俺の耳に近付く。


「チュッ」

「..........うぎゃぁぁぁぁぁ!!!!!」


なっ!なななななななななな!!!!!!!!!!
口を押さえて他のみんなを見るとしんと固まって注目されてる。


「なんや...どないした?」

「燐、顔真っ赤だよ?」


勝呂としえみの言葉を聞く限り今のハプニングは見られてはいないようだ。それでも急に起こった度肝を抜く雪男の行動に動揺を隠せって方が無理な話だ。


「なっ、なんでもねえよ、は...ははっ」

「ちょっと薬品が溢れただけです、問題はありませんので」


動揺しまくりの俺は誤魔化しきれないような対応になってしまっけど、雪男はさすがに落ち着いてる。こんな状況だって顔色一つ変えずにしれっとそれらしい嘘だってすらすら出てくるんだからたいしたもんだ。雪男の言葉に納得したのか人騒がせな奴だとみんなが作業に戻ると俺は雪男の顔をギッと睨んだ。


「おいっ!何やってんだ!」

「何って、キスだけど」


それが何か?とでも言いたげな顔でじっと見つめられた。こっちが恥ずかしくなるような、俗にいう熱い視線?ってやつで...。


「おまえ、何かおかしいぞ?」

「兄さん、すごくイイにおいがするんだよ。近付くと我慢できなくなる」


やっぱり雪男の言っているイイにおいとやらに原因があるようだ。自分では全くわからないし、他のみんなからそんな指摘は無い。雪男限定で明らかにその行動はおかしいし、いつもならみんなの前でそんな危険な行為に自ら飛び込むわけがない。ぐるぐる回る俺の頭の中の事なんか気付こうともせずにまた一歩その身体が近付いた。密着して手取り足取りで薬草や薬品を扱っていく。息が掛かりそうな距離に俺まで雪男の持つ雰囲気にのまれそうだ。


「ほら、しっかり作り方覚えて」


そんなこと言ったってそんな声で言われたら集中出来る訳がない。


「奥村先生〜、これわからんわ〜」


雪男を呼ぶ志摩の声。俺に向けられていた色を灯した瞳の色がすうっと引いていく。くっついていた身体が離れて増していた熱も一気に引いていく。気が付けば手元にあった薬を作る作業はもうほぼ完成していた。
呼ばれるままに雪男は志摩の元へと足を向けた。呼ばれたら生徒の元へ赴き指導するのは教師の役目。だけど俺はどこかでそれを割りきることが出来ないでいた。






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