memorial

□Your Voice
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4限の授業が終わり、自分で作った弁当を持参してふらふらと廊下を歩く。
普段ならまず行くことの無い特進科の教室の方からわざわざ遠回りをして行くことにした。
最近忙しくしていてあまり顔を合わせていない雪男のことが何となく気になったから。少しだけでも話せたら、可能ならば「昼飯一緒に食わねぇ」と誘おうと思ったから。

どうやって声を掛けようかとブツブツ呟きながら持っていた弁当の包みから視線を上げると廊下の奥の方から女子に群がられたジャージ姿の雪男がこちらへ向かってくる。あちらこちらからタオルを差し出されてまるでアイドル並みの人気だ。あまりの威圧感に唖然としながら廊下の端の方に身体をピタリとくっつけた。


「奥村くん、私の使って!」

「こっちの使って、奥村くん!」

「私が先よ、ねぇ奥村くん!」


我先よと争う女子の声に俺の気持ちは下降していき、自然と眉間には深い皺が刻まれる。
すれ違うにはまだ遠い距離で雪男は俺に気が付いた。表情や言葉は囲む女の子たちに受け答えしていたが、その視線はしっかりと俺に向けられている。
段々と距離が近づいて群がる女の子達の甘い香りが鼻を擽る。
雪男は身体をこちらに向けようとするが女子達の勢いに話が出来るような状況でもなかった。


──上で待ってて。


すれ違う少し前、今回もまた話せないのかと諦めかけていた俺の耳に雪男の声が届いた気がした。

優しく出された音は他の耳には聞こえないトーン、
俺だけに向けられた雪男の言葉。

くるりと振り返ると何事も無かったように歩いていく。今の声は空耳だったのかもしれない。


「おう、...待ってる」


それでも俺は雪男にだけしか聞こえないように振り向かない後ろ姿へと小さく言葉をかけた。


段々と小さくなる姿は教室の中へと消えて自分も身体の向きを変える。屋上へと通じる階段はこの時期ほとんど人はいない。弁当の包みをぶらぶらと前後へ揺らしながら何だかわからない感情と一緒に屋上に向かい登っていく。


「屋上なんか寒いだけじゃんか」


ポツリと呟いて鉄の重い扉を開けるとひゅうっと肌を刺すような冷たい風が頬を撫でた。ぶるっと身震いをして先へと進む。バタンと閉まる音を後ろに聞いて誰もいない屋上を見回す。少し前の空よりも重たい雲は薄くなり雲の切れ間からは暖かな日差しが所々差し込んでいる。それでも真冬の屋上など寒くていられるもんじゃない。


「さぁみーーーーーっっっ!!!」


弁当も凍るんやじゃないかと暖めるように小脇に抱えて足踏みをした。ちらりと鉄扉に視線を移すがまだその扉は開きそうにない。


「ったく何で上なんだよ。あんまり待てねーよ!それともやっぱ空耳...?」


あまりに寒すぎて零れてしまう独り言も自然と大きくなってしまう。
それでも俺は雪男を待った。
待ち続けた。

そのうち予礼が校舎に響き渡る。
やっぱり空耳だったのかと柵にあずけていた身体を戻し、開けることが出来なかった弁当の包みを持ってその場を後にした。





******






「上って言ったのに」


最上階にある空き教室。
ここは日頃使われていなくて昼食を取るにはもってこいな場所だ。僕と兄さんが一緒に昼食を取るときは必ず屋上かここと決まっている。

すでに予礼は鳴って、姿を表さない兄さんに少々苛立ちを覚えながらも心配になる。


──怒ってたのかな。


もしかしたらさっきの女の子達に囲まれてしまって話せなかった事が?そういえば複雑な表情をしていたかも...。
それとも忙しくてまともにかまってあげてなかったから怒っているのか?

弁当の包みを持って座っていた椅子から立ち上がる。空腹よりも兄さんがどうして来なかったのかが気になってしまう。
重い足取りでドアに向かい手を掛けた。

今日は早く帰って兄さんとの時間を作った方がいいかもしれない。頭の中で組んでいた予定をもう一度ばらしてみる。でも最近は忙しくてやらなければならない仕事が詰まっている。どうにかできるレベルじゃないことは百も承知だ。


──まぁ、わかってくれるかな。子供じゃないんだし。


僕はひとつ溜め息をついて後ろ手にドアを閉めた。






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