memorial

□Your Voice
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4時間目の数学の授業。
席替えをした俺の席は真ん中の列の一番窓側。冬の今、窓を閉めてても冷気がじんわりと伝わってきて左半身がちょっと寒い。でも、外の景色はばっちり見えるから勉強から逸れてしまいがちな俺の意識はほぼ窓の外に向けられる。


──こんなにさみーのに外で体育かわいそうだな。


今日の天気は曇り。それも今にも雪でも降ってくるんじゃないかってほどに激寒だ。
見る限りではたぶん同じ一年生のクラスで今の時期の体育といったらまずマラソンしかない。目を凝らしてよく見ると、


──いた。


横並びになる塊の後ろの方。
そんな所からのスタートでいいの?と言いたくなるような場所だ。
パン!と空砲がなり他の生徒たちがびくりと肩を震わせる一瞬に一人だけ動いて数人を抜く。


──あ。


あっという間にトラックを半周し、後ろの方でスタートしたはずのあいつは今前方にいる。シャーペンを握る手に力が入って僅かに身を乗り出した。走るコースは学園の外にも設けられていて先頭集団はいち早く学園の外へと飛び出していった。

出ていったところで何人かの教師たちが手を揺らしている。読唇術というほどすごいものじゃないけど、何となく唇の動きは読めた。


──ジュギョウキチントウケナサイ!


俺の他にも授業はそっちのけで眺めている生徒が多いのだろう。特に女子、ここにはあいつのファンが山ほどいる。現にこの教室の中にもそういった子はいて今も数人は窓の外を気にしていたようだ。

少しだけ窓に向かって斜めに向かった身体を直して教科書に視線を落とす。
でもやっぱり考えることはさっきまで見ていたマラソンのその後。俺も体育の授業で走っているからコースや所要時間はだいたいわかる。
今、あのへんかな。

前に座っている女の子の背中がそわそわと落ち着かない。ちょっと首が窓に向いては元に戻してをさっきから何度も繰り返している。
そんな生徒が多いのに先生も気づかない訳じゃない。


──あれ、ここ...昨日雪男が教えてくれた問題だ...。


「奥村くん」


そろそろ戻ってくるかと視線を再び窓の外に移すと冷めた声が俺を呼んだ。


「今の問題、前へ出て解いてみて」


聞いてなかっただろうとでも言いたげな顔で少し見下ろされる。確かにぼんやりとしか聞いていなかったから仕方がない。がたりと席を立ち黒板へ向かいチョークを走らせる。自分でも嘘だろ?と言葉が出そうになるくらい軽快にチョークが文字を刻んでいく。
それを見ていた先生の顔ったらなかった。


「せ、正解です」


一瞬どよめいた室内だったけど、何人かは称賛の拍手を俺にくれた。ちょっと鼻が高かったけど実際俺の努力の賜物でも何でもない。そりゃそうだ、いつもならば俺が答えて正解!なんてこと考えられない。雪男の考察が的確だっただけのこと。

咎められることもなく無事に席まで戻った後、もう教師の目がこちらに向けられない事を確信すると再びチラリと窓の外に視線を向ける。
先に走り終えたクラスメイトの女子達の黄色い歓声が窓が閉まっているにも関わらず僅かに聞こえる。
みんなが目を向ける先、先頭の男子生徒が戻ってきた。


──雪男!......じゃない?


中学の時、勉強は勿論だが体育に関しても雪男は優秀な成績だった。球技だって水泳だって、短距離だって長距離だって何でも負けたことなんかなかった。

それが、今日は一番じゃない。
先頭の生徒がトラックに戻り次の生徒もそれに続く。それも雪男じゃない。

どうしたのかと目を凝らして探し始めるとすぐによく知った姿が目に入った。
いまのところ、順位は三番目。

二位との差はどんどん縮んでまだ余裕のある雪男は難なく前方にいたクラスメイトを外側から追い越す。体育祭並み歓声がどよめいて次第に黄色い声が大きくなる。


──あと少しだ。


姿勢を崩さなかった雪男は更に前方との距離を縮めるために少し前傾になりその距離を確実に縮めていく。


──もう少し、前へ...。


ゴールを示す白線の手前数メートル。
先頭を走っていたクラスメイトと後から追い付いた雪男がほぼ同じラインで足を前へ蹴り出す。
スローモーションのようなその動作は他の音を一切排除し、それを見ている俺の鼓動が頭の中に響いていく。
俺のいた位置からはどちらが先にラインを越えたのかわからなかった。






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