memorial

□小儚青炎
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塾の授業も終わり雑用も済ませて急いで職員室を出た。今日は任務が無かったから一緒に帰ろうと兄さんと約束していた。きっと「遅えーよ」とか悪態をつくんだろうなと予想しながら建物の出入口までの廊下を急いで進む。


「遅えーよ。待ちくたびれた」


ほら、やっぱり。
傘立てに腰かけて職員用のポストの前でちゃんと待ってくれていた兄さんに「ごめんね」と謝れば「別にいいけど」なんてそっぽを向いて口を尖らせて。そんな姿を見ているとすごく暖かい気持ちになってしまう。嫌なことやイライラした気持ちでもそんなのは溶けて消えてしまうんだ。惚れた弱味っていうのかな、こういうの。


「何にやけてんだ?」

「何でもないよ」


そんな風に僕が思ってるなんて兄さんは気付いてないんだろう。些細な仕草でも兄さんが相手なら全てが僕の幸せに変わるんだよ。

そんなことを思いながら鞄を片手に持ったままポストの取っ手に手を掛けるとはらりと一通の封筒が舞い降りた。水色の綺麗な封筒。屈んで手に取り、顔をあげると正面にいた兄さんの顔は驚いてしまうくらいに歪んでいた。


「...兄さん?」

「.......」

「ねぇ...」

「ん?あ、ラブレターじゃねえの?ソレ」

「うん」


無理矢理に取り繕ったような笑顔に左右に落ち着かない目。明らかに動揺してる。
ラブレターをもらうのは初めてじゃないけどこんな風に兄さんの目の前でその物自体を晒すのは初めてで僕まで動揺した。
いつもなら鞄にしまって帰ってから読んで次の日にはその送り主のもとに出向いて断りの返事をする。
でも今は兄さんの目の前でこの手紙をしまうことさえもしていいものかどうか戸惑われて固まってしまうばかり。


「ねぇ、兄さん」


ちゃんと話したほうがいい、そう思った。


「そんな顔しないでよ」


寂しそうに俯いていた瞳が僕に向けられる。そんな顔させたくないのに。


「そんな顔ってどんな顔だよ。それより早くかえって飯の支度しねぇと。おまえだってたまにはゆっくりしてーだろ?それからそれしまっとけよ、帰ったらちゃんと読んでやれ」


矢継ぎ早に繰り出される音。いつもの兄さんの声音と違い少し上ずっている。


「うん......そうするよ」

「おぅ」


先に校舎を出る兄さんに慌ててついていく。「ちょっと待って」と後を付いていくとまた「遅せーんだよ」といつもの子供のような笑顔で笑ってくれた。
今日の授業の事、塾のみんなとのやりとり、夕飯は何がいいか、課題がむずかしい。
兄さんにしては今日はお喋りで僕はただ頷いて聞いていた。まるで説明なんかしなくていいと言われているようで近くにいるのに何だか距離を感じた。






******






昨日のラブレター事件、
俺には思いがけないハプニングで夜もよく眠れなかった。

雪男が女子にモテモテでラブレターもたくさんもらっているのは知っている。告白だっていっぱいされてる。目撃したこともある。そのときは雪男らしくやんわり優しく断ってた。

もちろん信じてる、俺を好きでいてくれるって。だけど俺の中のどこかで、少しだけ、ほんのちょっとだけ、自信がない自分がいる。だってそうだろう、俺は男だし可愛くもないし柔らかくもないしいいにおいだってしない。負けて当たり前、そう考えるのが普通じゃないか?

課題が進むわけもなくてシャーペンを鼻と口の間に挟んで窓から見える景色を眺めていた。


「進んでるの?課題」


少し怒ったような口調にびくりと肩が揺れ、右の視野にはいつの間にか間近に迫った雪男の姿が映り込んだ。


「全然出来てないじゃないか。やる気あるの?」


今日は土曜日で学校も塾もない。
教師でない雪男が勉強の進まぬ俺を見下ろす。


「やる気はあるぞ。でも俺の頭が活動しないんだからしかたねぇよ」


やる気はある。
だけどそれよりも俺の頭の中から離れてくれないあの雪男の瞳の色に合わせたような水色の封筒。雪男はそれをもう読んだのだろうか。どう対処するのか決めたのだろうか。

横で雪男のため息を耳にしながらまだまだ集中出来そうに無い意識を窓の外に向けると女の子が一人そわそわと同じ所を行ったり来たりしていた。何となく気になって椅子から立ち上がり身を乗り出してみると疑問符を浮かべる雪男もまた同じように下を覗き込んだ。


─あれ、どっかで見たような...。


俺のすぐ右側で覗き込んでいた雪男の唇が音を出さずに小さく動いた。


「ちょっと下、行ってくるね」

「え、ちょ...」


表情には出さなかったけれど部屋を出た雪男の動きに少しの違和感を感じた。
出ていった扉を見つめていて気が付いた。


─あの女の子、祓魔塾で...。


確かひとつ年上の訓練生。廊下で雪男と話していたのを見たことがある。その時は授業のことで質問でもされているのだろうと思っていたけど、今考えれば恋する乙女の視線が雪男に向けられていたのかもしれない。いや、休みの日にこんなオンボロ寮にわざわざ出向くくらいだ、かもしれないじゃなくて確実に雪男の事を好きなのだろう。あの手紙も、きっと...。 

軋む窓を音を立てぬように少しだけ開けて再び覗き込むと彼女の顔が一気に綻ぶのが見えた。


「奥村先生!」


走り寄る彼女ににっこりと微笑む雪男。
それを見ただけで胸がズクンと痛んだ。見なけりゃいい、でも目をそらせなくて窓に当てた手が汗ばむ。
話す音は聞こえてくるが内容まではわからない。ただ彼女の方は終始笑顔、幸せそうだ。自然に傍に寄りしっかり目を見つめ、雪男もそれに答えるように目を見て話す。彼女のふわりとした長い髪が風に揺れて雪男の方に靡いていた。

その光景はまるで恋人どうしのそれだった。見ている俺は酷く胸が焼けるようで奥の方が痛くて堪らない。

そんなふうに上階から見ていると一瞬悲しげに彼女が笑った。


「え、......!!」


雪男の両方の肩に手を当てて引き寄せると彼女は自分から顔寄せた。
もうそれ以上は見ていられなかった。よろけるように力無くトスンと椅子に腰を下ろして混乱する頭を落ち着かせるように目を閉じた。






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