memorial
□長い道程
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今日は朝から慌ただしい。
正確に言えば昨晩からなのだが。
僕は一年程前に四大騎士に任命された。
すでに祓魔師になってから12年、その間に色んな経験を積んだし色んな訓練や血の滲む努力もしてきた。
相変わらず頑張りすぎる自分に苦笑しつつもやってきて良かったと考える余裕が最近は出てきた。
昔はただがむしゃらでそんなことを考える余裕さえ無かったから。
「失礼します」
重厚な扉を開けると派手な色使いの絨毯が目に眩しい。
フェレス卿に早朝から呼びつけられて一体何事かと神妙な面持ちで彼の元へと歩み寄る。
相変わらずのにやけた表情で「朝食はいかがです?」なんて聞いてくるものだから、疲れている身体が殺気立つ。
「任務帰りで疲れていますから用件を」
「相変わらずですねぇ。疲れているなら甘いミルクティーなどいかがです?スコーンと一緒だと抜群です☆」
「......じゃあ、いただきます」
話をしようと座らされたソファの向かいのテーブルにはあっという間にそれらの準備がなされてしまって、断るのも面倒だとありがたく戴くことにした。
「それで、僕が呼ばれたのは?」
「あぁ。本人には先程伝えたのですが、一応貴方にもお知らせしておこうとおもいまして」
そう言って僕と同じミルクティーが入ったカップに口をつける。次の言葉が気になってじっと見つめるとカップから離れた唇が三日月のような弧を描く。
「ヴァチカンの命により、本日付けで奥村燐くんが聖騎士に任命されました」
「......そうですか」
カップをソーサーにカチャリと置くと小さく小さく息を吐き出した。
「おや、驚かないのですね」
「驚くなんて今更ですよ。あれだけ誰よりも働き成果を挙げていて信頼も厚い。今まで聖騎士として名が上がらなかったのが不思議なくらいです」
「仕方がないでしょう、彼は悪魔なのですから。悪魔であり祓魔師で昇進、しかも聖騎士とはグレゴリも思いきったものです」
「貴方の狙い通りですか?」
「さぁ。それはどうでしょう」
相変わらず何かを企んでいるような悪魔の笑みで楽しそうに僕を見つめる様子は何年たっても居心地のいいものではなかった。
「それと申し訳無いのですが、忙しい貴方に更にお願いがあるのです☆」
高い位の称号を貰っているのだからと自分を奮い立たせてフェレス卿のお願いとやらに耳を傾けた。
******
フェレス卿の邸宅を出た後、
腰にぶら下がる沢山の鍵の中から迷うことなく一つを選び出して近くにあるドアの鍵穴に差し入れる。
──新しいタイプの武器を購入しようと思いまして何点か取り寄せました。貴方には銃火気担当の責任者を受け持ってほしいのです。もう一人祓魔師に担当させていますから二人でお願いします。試し撃ちの用意をしてありますので報告をお待ちしています☆
言われた言葉を思い出してハァと溜め息をつきながらガチャリとドアを開けると懐かしい騒がしい声が耳に入ってきた。
「かっこええわぁ。やっぱり竜騎士の資格あった方が女の子にも受けがええし」
「志摩さんはいつになったらその煩悩捨てられるんやろね」
「死んでも煩悩まみれなんやないか?今じゃすっかりエロ魔神からエロ坊主やしな」
最初は驚いたが久し振りに見る三人のやりとりに何だか懐かしさが込み上げた。
「皆さん、お久しぶりです」
談笑していた三人の視線がいっぺんに向けられて懐かしい笑顔が向けられる。
「若先生やないですか!えらいご無沙汰やなぁ!もしかして坊と一緒に試し撃ちされる責任者って...」
「ええ、僕のようです」
「四大騎士にならはってからは塾講師の仕事も減った聞きましたよ。忙しそうですね」
「講師の仕事が減った分任務やデスクワークが増えたので忙しさは前と変わりませんよ」
「任務やないけど久々に一緒の業務楽しみですわ。奥村は元気にしとるんですか?」
「元気だと思いますよ」
僕が苦笑いで告げると三人は首を傾げ口を揃えて「なんですの、それ?」と問いかけた。
「もう1ヶ月程会っていないんです。お互い忙しくてすれ違いが多くて」
「そうですか...」
「そうだ、さっきフェレス卿から通達がありまして今日付けで兄が聖騎士に任命されたんです」
「......やっとですか」
塾を卒業してからは皆一緒に行動することは少なくなったが、皆がそれぞれの動向を気にして成功を願っていることは感じていた。
兄に関しては綱渡りで命を懸けてきたから特に。
「これで晴れて名実共に自慢の同級生やな」
ほっと安堵の表情を浮かべる三人がありがたくて親の心境とでも言うべきだろうか。
大人になった今も彼らの暖かさは変わらない。
「それでは始めましょうか」
「なんや授業始まるみたいやね」
ふふっと三輪くんが笑った。
「それにしても勝呂くんはわかりますが、志摩くんと三輪くんは竜騎士の資格取得されてましたっけ?」
「こいつらはただの見学です。子猫丸はともかく志摩は竜騎士なんてありえへん」
「そんなぁ、坊、あんまりやわぁ」
やたらと緩い雰囲気に心が和む。
またこんな風にみんなで集まって話ができるなんて。
只でさえ万年人員不足の祓魔師。
若く体力のある僕らはあちこちに配属されて旧友と組むことなどまれだ。
僕はこの僅かな満たされる時間に悟られぬよう薄く笑みを浮かべ、使いなれぬ新しい銃に弾を込めた。
*