memorial
□好きと言って
2ページ/5ページ
参考書を広げたが少し視界がぼやける。
最近また視力が落ちたのか眼鏡をしていても少しだけ度があっていない気がしていた。
「兄さん、今日予定ある?」
一応机に向かってはいるが椅子の後ろ足に体重をかけてぐらぐらと揺れる兄さんに聞いてみるとすぐに返事が返ってくる。
「どっか出掛けるのかっ?」
勉強嫌いな兄さんはそれから逃れられそうな気配はいち早く察知するようで、目をキラキラさせながら此方を向いた。
「うん、買い物付き合う?」
「おぅ!行く行くっ!!」
僕の言葉を聞くなり机の上はそのままに短パンからジーンズに慌てて着替え始めた。...全く現金だな。
僕は苦笑して財布と携帯、腰に銃を装備してがたりと椅子から腰を上げた。
*****
「なぁ、どこ行くんだ?」
学園町にある割りと賑やかなショッピングモール。寮からもそんなに遠くないので身の回りの買い物はだいたいここへ来る事が多い。
「眼鏡屋さん」
その言葉に顔を歪める兄さんの頭の上にはクエスチョンマークが浮かぶようだ。
「は?いっぱい持ってるじゃねえか」
「度が合わなくなっちゃって」
「じゃあスペアも全部ダメってことか?」
「もったいないけどね」
「はぁ〜、金かかっちゃうな」
毎月決まった極少の資金でやりくりしているだけあって正十字学園に来てからは他人事でもそういったことには敏感になってしまった兄さんは大きな溜め息をついた。
「今日はとりあえず3つくらい作ろうかと思って」
「とりあえずってどんだけ金持ってんだ!?俺なんか月2千円しかないっつーのに。兄の威厳が全くねぇよ」
「もともと無いじゃない」
クワッと睨まれたけど言い返す言葉も出てこないようでいつものように口を尖らせて面白くなさそうだ。
そう言い合っているうちに目的地に着くと何だかそわそわした様子であちこちを見回す兄さんは落ち着かない。
見たいものがあるのかな。
「眼鏡、ちょっと時間かかると思うから色々見てくる?」
「おぅ!俺あっちにあった店ゆっくり見たかったんだ」
「じゃあ僕はこの辺にいるから探して」
兄さんは片手を上げながら歩いてきた通りを戻っていった。
自分から提案したのに一人になると何か物足りないようなしっくりこないようななんとも言えぬ感情がまとわりつく。
少しの後悔に似た気持ちを抱えてその背中を見えなくなるまで見送った。
****
一人で買い物なんて食料品以外では久しぶりだと足を早めてあちこちを見て回る。
これ、気になってたんだよな。
手にとって見たのは革製の長財布。
カッコイイけど、何せ所持金が常に乏しいから購入するにしても資金が足りないしほぼ小銭しか持ってないのに長財布など必要ないかと苦笑して元の場所に戻すことにした。
ふと戻した視線の並びに同じ革製のストラップが目に入った。ちょっと変わったデザインでシンプルだけど使い込めばいい色になりそうだ。
「...アイツに合いそうだ」
後ろのポケットから出した財布の中身と相談して、意を決してそのストラップを手に取った。
小さな紙袋をブンブン振り回してさっきの眼鏡店に向かう。
買ってしまったはいいが何て言ってわたそうか...。誕生日でもないのにおかしいかと頭を悩ませて外から店内を覗いたが見慣れた姿は見当たらなくて周りの店を端から覗いていく。でもやっぱり見当たらなくて通りの中央に置かれているベンチに腰を下ろした。
「ったく、何処行ったんだよ」
携帯を手に取り雪男にかけたが何故か留守番電話になっていた。
─5分。どっかで買い物か?
─10分。もっかい電話してみっか。
─20分。長ぇな...もっかい一周してくるかな。
─40分。ってこれ、この年で雪男迷子か?つーか俺が迷子!?
いっぺんに不安が押し寄せてきて立ち上がって辺りを見回すがやはり雪男の姿はない。
やけに胸の間がぎゅうっと痛くなって不安を煽る。
これじゃまるで本当に迷子になった子供と同じだと目を閉じてゆっくりと深呼吸をした。
「よしっ、駅で待つ!」
駅なら必ず会えるはず。
もしかしたら同じことを考えているかもしれない。
会えることを願って足取りを速めた。
*