memorial

□Jog
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am5:00
枕元に置いてあった携帯のアラームがバイブレーションで時間を告げる。
視界のはっきりしない中、振動する方へ手を伸ばすとあっさりとそれは手の中へ収まった。

気だるい身体を気合いをいれて一気に起こすとベッドからおりて机の上にある眼鏡を手に取った。

良好になった視界を少し左側向けると残念な感じの兄さんの寝姿が目に入った。
目は半開きでこれまた半開きの口元にはヨダレが…。


「さすがの僕もこれは…」


あまりにも残念すぎる。
半笑いの僕はせめてこの半開きの目は閉じさせてやろうと目蓋をそっと撫でてやった。


「いってきます」


起こしてしまわないように小さく小さく呟いてTシャツとスポーツウェアの短パンに着替えを済ませた僕は音を立てぬように部屋を出た。


寮の玄関のドアを開けると朝のすがすかしい空気が身体を包む。
すうっと肺一杯に息を吸って一気に吐き出すとゆっくりしたスピードで走り出した。

小学生の時から始めたジョギングは最初は体力をつける為手軽に出来るからといった理由だったが、今では当たり前の日課になってしまった。
どんなに寝るのが遅くなっても欠かした事はない。
修道院にいた頃は神父さんも一緒に走っていた。たまにサボることはあったけど。
正十字学園に入学してからは走るコースは変わってしまったけど走るときに感じる気持ちよさと心地好い疲労感は変わらなかった。

いつもはあれこれ考える頭もこの
時ばかりは何故か空っぽに出来ていた。


「……んせー…」


遠くの方から聞こえる聞きなれた声。
こんな早朝に人などほとんどいないのにと辺りを見回す。


「せんせー!」


後から肩をガシッと掴まれて荒い息が首に掛かる。


「ペース早すぎですわ」



イヤホンを外しながら息を整える勝呂くんは相当ピッチを上げてきた様子だった。


「おはようございます。勝呂くんもジョギングしてるんですね。ペース早かったですか?」

「早いですよ、追い掛けて驚かそ思たけど追い付けへん。先生はスポーツも万能なんやな」


敵わんな、と彼は笑った。


「そんなこと無いですよ、何年もやってますから慣れてるだけです」

「奥村は一緒やないんですか?」

「兄さんは僕が毎朝走ってる事すら知りませんよ」


それを聞いた勝呂くんは目を丸くしたがすぐに呆れたように笑った。


「兄弟やのにえらい違いやな」

「そうですね。でも」


止まっていた足を再び動かしてアイコンタクトで勝呂くんを誘うと彼も横にならんで走り出した。


「これでいいんです」


眉を寄せてなにがいいのかわからないと言いたげな彼にあまり言ったことの無かった気持ちを話した。


「もし兄さんが僕と同じ努力をしたら…勉強はともかく実践的なものはあっという間に追い付かれてしまうと思うんです。まだ追い付いてもらう訳にはいかない」

「何で追い付いたらいかんのです?」


彼の言う通りだ。
追い付いて一人前に祓魔師になれればそれは嬉しいことだ。
もちろんそう思わないわけではないけれどそれと矛盾する思いも自分の中にあるから。


「もう少し…面倒みたいんです」



僕がいなくても大丈夫なまでに成長してしまえば、きっと兄さんは僕の傍からいなくなってしまうだろう。

だから僕は譲れないんだ。

にっこり横に笑顔を向けると、勝呂くんは呆れたように溜め息をついた。


「自分から面倒な方選んどるやないですか。アイツ、幸せやな」


そう言うと走りながら腰にぶら下げていたペットボトルを掴むとポイと放って渡された。


「あげますわ。俺こっちやから」



ひらひらと後ろ手にて手を降って走っていく後ろ姿に声をかける。


「勝呂くん」

「ん?」


足踏みしたまま振り向いた彼に持っていた小さな包みをポケットから出して投げて渡した。


「それ僕が作ったサプリメントなんですけど、疲労回復にいいですから良かったら試してみてください」


勝呂くんはにこりと笑うとそれを握った手を上げて走っていった。
手渡されたペットボトルは自分がいつも好んで買っているミネラルウォーターと同じもの。
もしかしたら兄さんよりも彼の方が趣味趣向が合うのではないかとさえ思う。

何だか穏やかな気分になった僕は貰ったミネラルウォーターの蓋を開けてごくりと飲み込んだ。




*****




いつもよりも少しだけ遅れて自室に入るとクロがニャーとひとつ鳴いて足元に絡み付く。


「シィッ…兄さん起きちゃうから静かにね」


屈んで喉の辺りを撫でてやるとゴロゴロと気持ち良さそうにして喉を鳴らす。両脇に手を差し入れて抱き上げると兄さんの椅子に腰掛けて寝ている兄さんに向き合った。


「ねぇ、クロ」


頭を撫でながら小さく話し掛けると視線を合わせて首を傾げた。
クロはわかってくれたようで声を出さないでいてくれている。


「兄さんが僕を追い越したらどうなるのかな」


見上げたまま更に首を捻るとピョンと左肩にかけ上がって背中を回り右肩から顔を出すと僕の頬に自分の顔を擦り付けてきた。


「どうしたの?くすぐったいよ」


悪魔なのに癒されるなと苦笑するとクロは小さくニャーと鳴いた。


「随分仲いいな」


ハッとして声の主に目をやると珍しいものを見るようにして凝視されていた。


「起きてたの?」

「今起きた」


兄さんは目を擦りながら身体を起こすとベッドの縁に座り直す。


「兄弟で祓魔師ってカッコイイな」

「え?」

「おまえたちは変わらないだろ、って言ってるぞ。クロが。何話してたんだ?」


兄さんの言った言葉を聞いて肩の上にいるクロを見るとニャーと鳴いてじっと見つめてくる。
「クロの言葉がわかったらもっと兄さんに内緒の話も出切るのにね」と小さな耳元に話しかけると楽しそうに尻尾を左右に振ってくれた。


「何だよ、俺だけ仲間外れ!?」

「そ、兄さんだけ仲間外れ。ねークロ」


僕の言葉に目を細めてまたひとつニャーと返事をしてくれた。
兄さんは口を尖らせて何か言いたげだったが立ち上がると僕の座る椅子の前でしゃがんでじっと見つめつきた。


「何でか知らねぇけどさ」

「ん?」

「優しいいい顔してる」


兄さんは立ち上がると僕の頭をくしゃりと撫でてドアに向かう。
「朝飯作るからもうちょいしたら来いよ」と言ってクロと部屋を出ていった。



窓の外を眺めて思う。
明日晴れたらクロも誘ってまたジョギングに行こう。
勝呂くんとあったあの場所で少し待ってみようか。
今度は僕がミネラルウォーターを用意して。





end
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