memorial
□旅立前夜
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一心不乱に携帯電話に向かって指を動かす廉造に、隣に座っていた兄は横目でその内容を盗み見る。
「廉造」
「なに〜?」
間延びした返事をするとハァとあからさまな溜息が盛大に漏れた。
「おまえ、明日っからしばらく東京に行くゆうのに女にメールばっかやな」
「ん?あかんの?」
にっこり返す廉造に柔造は苦笑した。
「しばらく逢えんから俺の事忘れんでってアピールしとこ思たんやけど」
「それも大事かもしれんけど、他にもあるやろ。その…なんや…」
「?」
珍しく言葉を濁す柔造に首を傾げるこの弟は本当に女の事しか頭に無いのだと少々悲しくなった。
柔造にとって10も年の離れた弟は口では言わないが実際の所かなり可愛がっていてかなり心配をする存在だ。
坊と子猫丸が一緒ではあったが、東京の学校へ、しかも寮生活とは。
自分も同じ高校へ行き塾へ通っていたからどんな生活を送るかはわかる。
こうなる事はわかってはいたが落ち着かない。
「柔兄、なんやおかしいで?」
「そーか?やっぱおかしいか?」
ははっと笑えば余計に眉間に皺を寄せた廉造が柔造の顔を覗き込む。
ふにゃりと優しい笑みを浮かべた柔造の口から思いもかけぬ言葉が零れた。
「廉造がおらんと寂しくて夜も眠れんかもなぁ」
「柔兄…?」
何においても強い兄からそんな気弱な言葉は初めてだった。
今まで見たことの無かった笑ってはいるけれど寂しい顔は胸の奥をぎゅっと締め付ける。
「れーんーぞっ!!」
ばしんっと襖を勢い良く開けて二人目の兄がどかどかと入ってくると二人の間に割り入って雑誌を広げた。
「ここや、コレコレ!」
「…何なん金兄」
「何なんってなんや!おまえが髪染めるのにいいとこ知らんかっちゅうから調べたったのに何なんこの扱い!?何なんって何なんや!」
((えらい同じ言葉を連呼しとる…よくまぁ舌噛まんで言えるな。))
「あぁ…そやった。ありがとう金兄」
「礼ならいらんぞ!そのかわり俺のライブ見に来い!華々しい兄の姿をおまえの目に焼き付けたるわ!」
フハハと笑いながら嵐のように去っていく金造を見送りながら同じ血が俺等にも流れているのだと二人同時に肩を落とす。
「…ライブ見に来いて、俺明日からおらへんのに。わかっとるんかな…」
「相変わらずどあほやからな。まともに話聞いとったら頭おかしなるわ」
「はは…こんなんやったら寂しいなんてこと無いんやない?金兄おったらそないな事考えとる暇あらへんわ」
「…せやな」
ちょっとだけ目を伏せて小さく笑うとテレビのリモコンをピッと押す。
画面からはお笑い番組の賑やかな声。
頬杖をつく柔造からは笑い声は一切聞こえなかった。
「……」
廉造は手のひらから離す事の無かった携帯をポケットにしまった。
ぐだぐだだった格好から背筋を伸ばした正座で柔造に向かうと、少し緊張気味に口を開く。
「柔兄」
「何や!?どないしたん!?」
いつになく真面目な態度の弟の姿に目を丸くする。
「俺、しっかり勉強してくる。坊もしっかり守る。柔兄に肩並べられるような祓魔師に絶対なるから。…なんて言うても俺らしないなー」
恥ずかしげに笑う廉造の最初に見せた強い瞳には初めて見る決意が滲んでいた。
こんな廉造は見たことがなかった。
「寂しい」などと言ってしまった自分が恥ずかしくなって思わず廉造の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「せや、しっかり学んできぃ。しっかし俺に肩ならべるなんぞ百年早いわ」
いつも優しい柔造の手は寂しさを紛らわすかのように今ばかりは少し乱暴に頭を撫でてくる。
しかしそれは酷く暖かくて心地が良かった。
「頑張り、廉造」
やっと柔造が笑った気がした。
寂しさの無くなったそれは小さな頃からずっと傍にあったもの。
柔造の言葉は廉造の中にじんわり染み込んでいった。
end