memorial

□閉店間際の常連客
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今日は日中がかなり暑かったせいか、昼間はアイスドリンクが飛ぶように売れていた。昼からシフトインだった俺と志摩は、運悪く一番ドリンクが売れる時間帯と被ってしまい冷房が効いている筈の店内で汗だくになりながら店を二人で回していた。
夜になればやっと客の数も落ち着き俺がレジ操作とドリンク作り、志摩が店の閉め作業を、そして夕方からシフトインだった勝呂が事務所で商品の発注をしている。


今日もよく働いた…、俺はとぼんやりしながら数席しかない客席のテーブルを拭いた。さっきまでここでコーヒーを飲んでいた常連のじいさんが帰ってしまったので、店内に客はいない。そういえば、と思い腰に付けている懐中時計に目を向ける。うん、もうすぐでもう一人の常連が来る時間だ。


ウィーン……


PM21:45――今日もいつも通り店の自動ドアが開き、あいつが現れた。


「こんばんはー」

「こんばんは〜」


規定通りの客の来店を伝える挨拶をすれば、店の奥でマグカップ等を洗っていた志摩もその後に続いて復唱する。店内に入ってきたあいつはこれまたいつも通り、恥ずかしそうに微笑みながらぺこりと頭を下げた。


「今日はあっつかったなあー」

「そうですね」

「こんな日はアイスドリンクでも、って・・・・ああ、お前はどうせ今日もカプチーノなんだろ?」

「・・・・はい」


二人でレジへと移動しながら、たわいのない会話をする。
俺がレジへと入り、あいつはカバンからガサゴソと財布を探していた。

俺の目の前に立つこの男、名前は奥村雪男。
この店の近くにある医薬品会社の新入社員さんだ。今年の春から入社したピチピチの二十歳の好青年。俺より七センチも高い身長、眼鏡と顔にある特徴的な黒子が印象的だ。しかし、会社が終わってからこの店に来るときはいつも三十路目前の俺とおんなじように疲れた顔をしてる。こいつは若いのに働きすぎだと思う。


「トールサイズのカプチーノ、キャラメルシロップトッピングだろ?」

「はい、それでお願いします」


春からこの店に来て、毎日同じ時間帯に、毎日同じドリンクを頼まれれば流石に物覚えの悪い俺だってこいつの顔と頼むもんくらいは覚えるってもんだ。ほいほいっとレジキーを操作しながら、ふとあることを思う。


「・・・・なあ、今日はカプチーノじゃなくてカフェラテにしねえ?」

「・・・え?」

「あ、いや・・・別にカプチーノでもいいんだけどさ」

「い、いや!じゃあせっかくなのでカフェラテでお願いします!!」

「いいのか?じゃあ今日は俺のおごりにしてやるよ」

「え、そんなっ・・・!?」


雪男が同様している間に、俺は自分のポケットに入っていたこの店のカードで支払いを済ませる。勿論社割もばっちり使って。


「ラテだけどキャラメルシロップはいつもどおり入れるだろ?」

「あ、はい・・・って燐さん!そんな申し訳ないですよっ」

「いーっていーって、今日は俺がドリンク代えさせたんだからお前は大人しく奢られてなさい」

「えーっと・・・じゃあ、ご馳走になります」

「おうよ、じゃあそこの椅子座ってな」


オーダーシートを持って俺はバリへと移動する。
雪男は何故か頬を染めながら椅子に座っていた。風邪でもひいたのだろうかあいつは。少し心配になりながらも、奥にいる志摩にこの店特有の掛け声だけはしておく。


「コンアモーレお願いします」

「コンアモーレ〜」


因みにこの掛け声の意味はイタリア語で「愛情を込めて」だ。日本語にするとかなり恥ずかしい掛け声だが、外国の言葉になるとどうも格好良く聞こえるから不思議なものだと思う。

掛け声を返しながらひょこりと少しだけ顔見せた志摩は提供台近くに座る雪男の姿を見つけて、にやりと笑ってからまた洗い物に戻ってしまった。なんなんだあいつは。
不思議に思いながらもピッチャーに牛乳を入れ、シロップも準備する。それができたらカフェラテに使うショット――コーヒーの濃いもの作るため豆を挽いて機械にセットし、抽出する。その間にスチーマーで牛乳をあっためる。いい温度になったらスチームを止め、その時には丁度ショットも出来ているのだ。普通にカフェラテを作るなら、このあとショットとシロップの入った紙カップにスプーンを使って牛乳を合わせればいいだけなのだが・・・・今日はちょっと違う。最近俺がはまっているものをこのカフェラテにちょっとだけ施した。うん、今日は我ながら上手くいったと思う。


「出来たぞー」

「あっ、ありがとうございます!」


ぽけーっとこっちを見ていた雪男に声を掛ければ、びくりと肩を跳ねさせて立ち上がった。やっぱり風邪でも引いているんだろうか。


「お前、風邪でも引いたのか?」

「え、そんなことないですよ」

「ふーん?まあ無理はすんなよ。んで、ほいカフェラテ。そいでさ、ちょっと蓋開けてみろよ」

「・・・?」


不思議そうにしながらも雪男は俺の言葉に頷いて、紙カップの蓋を開けた。その途端、雪男の目が大きく開かれた。


「っ燐さん!!これっ」

「最近はまっててさ〜、やっとまともに出来るようになったから作ってみた。お客さんにだしたのはお前が初めてだよ」

「うあああああ・・・・!!!」


いつも恥ずかしそうにしているか、疲れた顔をしているかの雪男の表情がみるみる明るくなっていく。瞳なんておもちゃを買ってもらえた小さい子みたいにキラキラ光っていた。いつもとは全く違う雪男の顔に思わず俺は吹き出す。


「ははっ、そんな気に入ったか?」

「はい!!これ、ラテアートってやつですよね!?しかもクマ!めちゃくちゃ可愛いじゃないですか!!!」

「お、おう・・・」


まさかここまで喜んでもらえると思わなくて、少したじろぐ。しかし、男にクマはちょっとないかと思っていたがそうでもないらしい。


「燐さん!これ、うさぎとかも作れますか!?あと猫とか!」

「え、まあ練習すれば・・・ってお前、意外と可愛いの好きなんだな?」


そう言った瞬間、興奮で赤かった雪男の顔が更に赤くなった。まるで頭から煙でも出ているんじゃないかと錯覚するくらいには赤い。そして、さっきまでキラキラしていた目が別の意味でキラキラしている。なんで涙目なのよ、雪男くん。


「ちがっ・・・いや、・・・え、っと・・・・あの・・」

「ん?」

「へ、変じゃないですか・・・?」

「何が?」

「ぼ、僕が・・・そういう、クマとかうさぎとか・・・可愛いのが好きってこと」

「んー?別に。ちょっと驚いたけど、変じゃないだろ。好きなもんなんて人それぞれだし」

「燐さんっ・・・!」

「うひゃっ!?」


突然、雪男にガシっと手を掴まれる。
おかげで変な声が出てしまった。


「ぼ、僕!燐さんの・・・・いや!なんでもないです!また作ってくださいね!?」

「お、おう?」


満面の笑顔で笑ったかと思えば、雪男はカフェラテの蓋を閉めて足早に店を出て行ってしまった、驚きすぎて、俺は掴まれた手を空中に差し出したままつっ立っている。漸く我に返ったのは志摩に話しかけられてからだ。


「奥村くんも罪なお人や」

「・・・・俺がなんだって?」

「なんもあらへんよー。ほら、そんなことよりもう閉店時間やで」

「え?・・・あ!やべぇ、10時過ぎてんじゃん!」


お客もいないのに店を定時で閉めないと勝呂にどやされる・・・!
俺は急いで「close」の看板を持って店の外へと出た。





「ほんま、雪くんも大変やねえ」




店の外にいた俺には志摩が呟いたそんな言葉なんて勿論聞こえてくるはずもなく、看板を並べたりと店仕舞いを慌ただしく行っていた。












閉店間際の常連客
(またのご来店をお待ちしております)













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青空キャンバスの青ちゃんから誕生日祝いにといただいた素敵なお話でした/////

某コーヒーショップで働いておられるとのことで要所要所に細かな表現があり、本格的な店内の雰囲気と奥村くん達(+志摩くん)が素敵に融合されておりました。
そして鈍感で素敵な大人燐くんと可愛くて愛でたくなる雪男くんなー//////////
何度でも繰り返し読みたくなるおはなしですよねっ!ねっ!!
こっそり伺って燐くんに淹れてもらったドリンク片手に二人のやり取りをこっそり盗み見したいです。うへへ。

いつもとてもよくしていただきありがとうございます(*^_^*)
こんなおばちゃんと仲良くしていただいて私マジ泣きしそうでs…うぉぉん(ToT)
これからもぜひぜひ仲良くしてくださいませ/////

素敵なお話をどうもありがとうございました!

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