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□悲しい黒は十字架に誓う
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僕の住む正十字学園町にはとても立派な大聖堂がある。高い場所にあるそこは階下の町並みを見下ろすように鎮座していた。スペインにあるあの建築途中の建造物を思わせるような外観はとても厳かで神聖さを醸し出している。
そんな雰囲気が気に入った僕はこの地に引っ越してきて早くも3ヶ月。仕事場へも近いし家賃も手頃、下見に来たときは昼間だったからわからなかったけれど窓から眺める町の夜景はとても美しかった。

眺める大聖堂には塔が三つほどあり、すらりとしたそれは天高くそびえている。中央の塔の先端には十字架があって月明かりに反射し、恰もそこに神が宿ったかのようにぼんやりと光を蓄えていた。少し離れたところにある両脇の塔も中央の塔を守るように並んでいる。


(あれ......人?)


窓を開けて身を乗り出し、よく見るために目を凝らすと僕から見て右側の塔に黒い人影が見えた。あんなところにどうやって登ったのだろう。しかも風に靡くロングコートからおそらく祓魔師なのだろうと見当がついた。
塔の先端を掴んでいた左手が離れて、その急勾配な所に膝をつく。まるで王様を目の前にした家臣のように十字架に向かいしばらくそれを見つめてから頭を垂れた。胸で手を組み神に誓い、最後にかけていたペンダントを手に取って十字を切る。それは随分慣れたような美しいとさえ感じる一連の動作で、見ているこちらの気持ちまで神聖なものにさせた。


(あの人は何を祈っていたのだろう...)


立ち上がったその人は月の光を浴びて背中は影に覆われる。黒髪が風に靡いてコートの裾が波を打つ。すらりと延びる黒布を纏った脚がはだけたコートから覗いた時、軽く足元を蹴ってその姿は闇に消えた。

今夜見つけた儚く寂しげで美しかった黒い祓魔師。
彼はまたあの場所に現れるのだろうか。






******





「聖騎士ってどんな人?」

「何で?」

「日本に戻ってきたんだって」


僕の勤め先は正十字学園内にある魔障専門の病院で、そこで医工騎士の資格を生かして医師をしている。故に祓魔師のことはよくわかっていたし、看護師達の騎士団や祓魔師の噂話も日常よく上がっていた。看護師同士の話は飛び火して、より祓魔師の患者と近い立場の僕らのような医師に真意を聞きたがる。


「奥村先生は聖騎士にお会いしたことはないんですか?」

「ないですよ、そんな偉い人には縁がありませんから」

「そうですか......先生は優秀な方だから聖騎士の治療とか経験あると思ったんですけど」

「残念ながら」


実際のところ、聖騎士とは面識が無いものの祓魔師幹部の方々の治療をしたことはあるし、漏らしてはならない事情というのも耳にしたこともある。いくら自分達に関係のある患者でも個人情報を守ること、それは医師にとって絶対であって知っていたとしても話すつもりは毛頭無かった。

それにしても今までヴァチカン勤めだった聖騎士が何故今日本に戻ってきたのか。
聖騎士が日本の出身でもう何年も最強の称号を持ち、過去最強と呼ばれていることやその身は悪魔だと言う事実は知っている。しかしその程度だ。どんな顔なのか知るすべも無かった。


「それじゃ、お先に失礼します」


夜勤を続ける同僚や看護師に声を掛けて僕は一足先に病院を後にした。
今日も空には雲の掛からぬ丸い月が高く上がり、その光を浴びた僕の足元からは影が短く延びている。腕時計を見れば深夜2時を回ったところだ。深夜の町は車の往来も少なくひっそりしていて、静かすぎる街路樹の下を歩きながら先に見えてくるはずの大聖堂を見たいがために少々早歩きになる自分が子供のように思えて思わず苦笑した。胸の高鳴りに落ち着きなく進んでいくと並ぶ三つの塔が見えてくる。


「あ、今日も...」


まだ大聖堂までは距離があるが塔の上にたたずむ影が目に入って何故か胸の高鳴りが一層増していく。昨日自室から見たように黒い人影は膝を着こうとしていた。


(早く、行かないと)


何だかわからぬ感情に突き動かされて自然に一歩が大きく前へ踏み出す。
早く行かないと何なのだ。
早く行ったとしてあの人に声でも掛けるつもりなのか。
それでも僕の身体は走ることをやめずに静かな道を駆け抜ける。外すことの出来なくなった視線の先には悲しげに祈りを捧げる黒い背中が見えていた。






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