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□ミルキー・リップ
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─帰ったらいいところに連れてってやる。

─いいところってどこ?

─それ言ったらつまんねぇだろ?

─じゃあどんなところ?

─すっげー!ってなるところだぞ。だからいい子にして待ってろな。

─うん!
─.........。






そう言うと獅郎はいつものように「仕事」に出掛けた。毎日ではないものの幼い兄弟にとっては父の不在は不安なものだった。

特に弟の雪男は夜を怖がった。
これから訪れる暗闇に怯え、その中にいる何かに震える。得たいの知れぬ何かがいると涙を流すのは当たり前だった。

兄の燐も不安がないわけではなかった。しかし、「神父さんがいないときは自分が弟を守る」と兄としての使命感から毎回雪男の傍に寄り添い、それでも駄目なら小さな腕を目一杯拡げて震える身体を抱き締めてやった。

今日もまた空には星が出始めて光は闇に変わっていく。
雪男にとっては嫌いな夜。
窓の外には黒い塊がふわふわと沢山浮かんで窓にへばりついては楽しそうに此方を伺う。小さな眉間に年齢にはそぐわないシワを沢山刻んで、開けっ放しのカーテンをぎゅっと掴んで急いで引いた。


「ゆきお?」


小さなリュックにハンカチをぐしゃぐしゃに突っ込みながら燐が首を傾げてくる。
これからもっと怖い何かがいつものように出てきて自分を脅かすのではないかと思うと涙が溢れてしまいそうだった。しかも今日は夜なのに出掛ける予定があるのだ。行かなくてはならないと思えば思うほど身体は小さく震え出す。

神父さんは知っているはずなのに、何で僕の嫌がることをするの? 

そんな思いで頭がいっぱいだった。


「こわいの、いたのか?」


ぐるぐる回る思考を止めたのはいつの間にか傍に来ていた燐の声。心配そうに覗き込む大きな青い瞳は雪男の大好きな瞳だ。


「いまはへいきだけど...」

「でかけるのこわいのか?」

「......うん」

「そんじゃあきょうはとくべつ!」


燐はバタバタと部屋の端まで走っていき、おもちゃの入ったかごをガサガサとあさり始めた。ここでもない、あそこでもないと探し始めて二つ目のかごの一番底の方。手をねじ入れてピタリと動きの止まった燐は後方にいる雪男に向けてニカッと無邪気な笑顔を向けた。


「これ!」


ガシャガシャとおもちゃの山から引っ張り出したのは所々薄汚れたテレビでお馴染みのヒーローの人形だ。


「ぶるーそるじゃー!かしてやる!」


青い戦闘スーツを着たその人形は燐のお気に入りで、「とっても強くて正義の味方なんだぞ」と常日頃から熱弁を振るうほど燐の中でも特別なヒーローだった。


「でもにいさんのだいじなものでしょ?」

「だからかしてやるんだろ?つえーからきっとおばけなんかにげてくぞ」

「もってていいの?」

「おう!おまえのよつばのくろーばーといっしょにもってたらきっとすげーつえーぞ!」


そんな言葉に励まされて本当に守ってくれる味方が増えたような気持ちになる。神父さんと、兄さんと、ブルーソルジャーの人形と、四つ葉のクローバーと。
ぎゅっと自分の手を握ってくる燐の手はとても暖かくて、不安に揺れる小さな心はそれに助けられる。血の気の引いた青白い色だった雪男の頬は自然と緩み薄く朱がさしていた。






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