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□暑中見舞いに誘われる
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初夏といわれる爽やかな季節を僅かに過ぎた今の時期、決まって日に何度も郵便受けを見に行ってしまう。毎日がそわそわ、わくわくして何と無く落ち着かない姿を見て雪男はクスクスと笑った。


「そんなに行ったり来たりしなくても。今日来るかどうかだってわからないだろ?」


冷蔵庫から麦茶を出して二人分をグラスに注ぎ、両手に持ってリビングのテーブルにことりと置いた。燐は向けられる視線のままに渋々雪男の隣へと腰掛けた。不貞腐れた顔のままグラスを受け取ると、仕方ないなといった顔で雪男は小さな溜め息を吐く。


「折角の休みなんだからゆっくりしなよ」

「気になって仕方ねぇんだもん」

「まったく、もういい大人なんだから落ち着けば?」

「お前が落ち着きすぎなんじゃねぇの?」

「普通だよ」


ばさりと新聞を広げる様子に燐はピクリと片眉を上げた。どう見たって中年のサラリーマンだろうと口から出そうになったけれど言葉にするのはやめておく。そこで思ったことをストレートに言って雪男の怒りにわざわざ触れるようなことはしない。そういうところは自分でも大人になったもんだ、と自分だけがわかるくらいに少しだけ胸を張った。


休日モードの家の中は何をするわけでもなく刻々と時間が過ぎていく。いつもの時間に目が覚めてしまったから家事全般はもう終わっているしやることもない。いつも忙しくしているだけにいざ時間を与えらるとどうしていいものか。雪男は相変わらず新聞を広げているし、燐も漫画でも読もうかと置いてある月刊誌に手を伸ばすと、玄関扉の外でバイクが止まりカタンカタンと金物が当たる音が聞こえた。


「!」


伸ばした手を反対方向に向け、勢いよく前後に振ってダッシュで廊下を走り抜ける。玄関扉を開けた数メートル先、驚き顔の郵便局員目掛け、置いてあったサンダルを足に引っ掻けてそこまで詰め寄った。


「お疲れ様ッス!」

「は、はぁ」

「うちに来てます?」

「あ......あぁ、ありますよ」


我ながら年賀状を待つ小学生のようだなと思いながらも「ありがとうございます」と一礼して圧倒されたままポカンと口を開けた郵便局員に背を向けた。手渡された葉書や封筒に次々と目を通しながら後ろ手に扉を閉めるとそれまで慌ただしかった動きがピタリと止まった。


「雪!雪男!!来たぞ、来た来た!!!」

「だから、わかったから落ち着きなって」

「ぶっ!!!何だよ、立ち上がっちゃって。新聞ぐしゃぐしゃになってんぞ」


冷静を装ってはいたものの心中は自分と同じだったのかと雪男の姿を見て笑いが込み上げて止まらない。真っ赤になった雪男の肩に手を乗せて「まぁ、落ち着けよ」と言えば必要以上に眼鏡の位置を直し始めるとか、可愛い奴め。

またソファーに横並びに腰を下ろして何と無く前のめりになる身体に自分の身体を寄せ、待っていたその葉書を二人で見つめた。宛名を書く書体は相変わらずな達筆で、以前彼の父から贈られた手紙を思い出す。こういうところにも血の繋がりは見えるものなんだと二人してクスリと笑った。裏返してみればそこには懐かしい面々の集合写真。


「これじゃ暑中見舞いっつーか年賀状みたいじゃね?」

「いいじゃない。みんな元気そうだね」


賑やかに集まった懐かしい顔ばかり。
中央には勝呂。彼は父から座主の位を任され今や明陀宗の筆頭だ。隣には結婚した奥さんも写っていた。隣には子猫丸と志摩。子猫丸は来月結婚するらしく、志摩は相変わらず女の子を追いかけ回していると写真に書かれた近況報告で把握できた。彼らを回りで暖かく見守る志摩家の面々をはじめ以前お世話になった皆も元気そうだった。

級友からの「元気にしている、おまえらは元気か?」の便りはお互いが祓魔師となり京都組が地元に帰ってからすぐにやりとりするようになったもので、年賀状と暑中見舞いの年二回必ず来る便りを二人は心待にしていた。


「あいつら送ってくんの遅くねぇ?」 

「丁度良いくらいでしょ。兄さんが早すぎるんだよ」


梅雨が明けて青い空がいっぱいに広がるこの時期になるとやらなくてはならない報告書はそっちのけでいつになく張り切りを見せるのは燐だ。


「勝呂も父ちゃんになったのか」

「うん、男の子だって言ってたよね」


先月、彼に子供が生まれた。
満月が綺麗に夜空に浮かぶ夜、燐と雪男の携帯が同時にメールの着信を知らせる音を奏でた。二世の誕生を知らせる画面には小さな掌で力一杯父親の指を握る生まれたての命があった。二人は夜中にもかかわらず騒がしくそれを祝って、用意してあった小さなケーキにおめでとうの文字を入れ、明け方に画像添付したメールを彼に送った。

とても微笑ましく羨ましい。
自分の事のように今日は特別な日になる。笑い合って新たな命の誕生を祝福したけれど、少しだけ寂しくも思えた。


「考えていたことがあるんだ」


突然切り出したのは雪男だ。


「何かスゲーこと言い出しそう」

「わかる?」


首を傾げる燐に手招きして内緒話をするように右手を添えて耳に近付き小さく小さく囁いた。
驚いた瞳は大きく見開かれてくるりと振り向いたけれどそれはすぐに細められてふにゃりと笑う頬は少しだけ赤みが差していた。


「ジジイと同じ道を辿るのかよ」

「きっと楽しいよ」

「楽じゃなさそうだ」

「嫌?」


燐は笑って首を横に振った。
近くにある燐の手が雪男の手をきゅっと掴んで引き寄せる。


「明日訪ねてみっか」

「うん」


神父さんが自分達にしてくれたように。
たとえ血の繋がりは無くとも思いで伝えられるものは多く、信頼が結ぶ絆は何よりも強い。


出来たら双子がいい、
それならどんな時も支え合って生きていけるから。


窓辺にぶら下がった二つの小さな風鈴が安らぐ音を奏でている。
その下で二人の笑顔が溢れていた。






end

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