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□筍は好きですか?
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塾の授業が終わると同時に鞄を掴んで帰り道を急いだ。途中、塩焼きにする鯵を二尾、揚げ浸しにするなすと豚しゃぶサラダで使う肉を買った。買ったものを袋に詰めてさっさとスーパーを後にして気になっていた場所へと駆け足ぎみに急ぐ。


「うわ、まだいた!」


ちょっとだけ道路側に飛び出た状態だったが朝と変わらぬ場所で出逢えたことに妙な喜びを感じながら車に引かれないように移動させる。
筍だぞ、筍。
だけど何かすごく気になってしまう。こんなあり得ない状態で出逢ってしまったからなのか...思いきって持って帰って美味しくいただいてしまおうか。だけどもしかしたらこいつの落とし主が探しに来るかもしれない。
もうちょっとだけ待ってみようか。
俺は筍と並ぶように傍にしゃがんで落とし主が来るのを待つことにした。






******





「あれ?魚にしたの?」


食堂のテーブルの上に並べられた今晩のメニューを見ながら椅子を引く雪男は首を傾げながらそう言った。だけど俺は一言も「肉にする」とは言ってない。


「俺の好きなもんにしただけ」


炊飯器に杓文字を入れ、炊きたてのご飯をよそって二人分を持っていく。ほかほかと湯気を立てる茶碗からはふんわりと春のいい香りがした。


「筍ごはんだぜー!」

「美味しそうだね」


心なしかワクワクしているような...すげーにこにこしちゃって。筍ごはん好きだもんな。そういう部分て俺じゃなければ見れないのかもと思うとちょっと得した気分になる。


「筍の土佐煮も旨そうだろ?早く食おうぜ」

「うん、いただきます」

「いただきます!」


いつものように行儀よく手を合わせてから食事を始める様子を見るのは作り手側からすればいつも気持ちがいい。そして少し緊張するのは最初の一口を食べたとき。雪男の表情で今日の出来の良し悪しがわかってしまう。大抵は納得の表情をくれるけど、いつもこの瞬間はどきどきするもんだ。
自信作の筍ごはんが最初の一口に選ばれたようでちょっと身を乗り出した俺はそれが口の中に消えるのをじっと見守った。ほんの一回か二回の租借の間に雪男の表情は思った通りにふにゃりと崩れた。


「美味しい!」

「そっか!いっぱい食え!」


よかった、これもあの出会いがあったからこそだよな!


「これさ、朝落ちてた筍なんだぜ」

「え?えぇぇ!?」

「食費ちょっと浮いたな!」


家計に貢献するとはなんて俺孝行な筍なんだ。おまえもこんなに美味しく姿を変えて俺らに平らげられるとか幸せもんだろ。一人で納得していると目の前に座る雪男の顔が無表情になったのに気が付いた。ことんと茶碗を置いたと思えば眼鏡が反射する。あー、やっぱりそうくるか。


「...拾ってくんな、ってか?」

「当たり前だろ!?拾ってきちゃダメだろ!?」

「だってよー、何かほっとけなくてさー」

「ほっとけないって捨て犬じゃあるまいし...情を見せてると思いきやちゃっかり食べちゃってるじゃないか!」


そう言いつつまた茶碗もちあげちゃってんだから説得力なんか無いだろう雪男くん。そりゃあこれも拾い食いの一種に入るのかもしれねーけど、こうやって俺らが食す為に姿を変えてくれた命を無駄にするのはもっと良くないだろう?


「落とし物は交番に持って行くべきだ」

「交番て、筍だぜ?」

「じゃあ何処に持って行くのさ」

「...筍屋のおばさんち?」

「筍屋のおばさんちって何処だよ...」

「それじゃあどうすんだよ」

「だから交番なんだってば」

「交番に持ってったってお巡りさん困んだろ」

「困らないよ、それも業務でしょ」


交番だ、交番じゃないを繰り返す俺たちの箸はどんどん進んでその日出された筍料理は全て完食。幸せいっぱいに春を味わった俺達は、その後少しの罪悪感に苛まれて食堂を後にした。






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