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□筍は好きですか?
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今日も先に出ていった雪男を追い掛けるように慌ただしく朝飯を食って寮を出た。まだ見える範囲にいるけれどその姿まではかなり遠い。ショルダーバッグをリュックのように背負い倶利伽羅を肩に掛けて、足の早さに自信のある俺は朝から出せる最大限の力で雪男目掛けて走り出した。


「おいー!ちょっと待てって!」


くるりと後ろを振り向いた雪男は何も見なかったかのようにまた前を向き歩き出す。

おい、今振り向いたよな?
俺視界に入ったよね? 

ムカッと沸き上がる不快感をエネルギーに変えて全速力で距離を詰め、その後頭部に照準を絞ったチョップをジャンプと同時に繰り出した。


「とうっ!」──ガツッ。


あっ、マズイ。
眼鏡が飛んだ。


「あ......」

「......」


チョップの反動で少々前傾になった姿勢から雪男は動かない。だってあんなに綺麗に眼鏡が飛ぶと思わなかったんだ!眼鏡幅跳びとか眼鏡投げとかいう競技があればかなりの飛距離!いやいや......俺が何かやらかした時の雪男の沸点は異常に低いからこの状況は非常に危険だ。背中がスッゲー怒ってる。黒いオーラが半端ない。先に謝った方が絶対にいい。
俺はちょっと背中に寒いものを感じながら飛んでいった眼鏡を慌てて拾った。


「眼鏡は無事だぞ!」


明るく努めてひきつる笑顔で俯く雪男に差し出せばその顔はゆっくりと上がって俺に向けられる。
うわ、般若みてーな顔だな!
動きの止まった俺の頬をすかさず思いっきり掴んだ左手にぎりぎりと力が入る。


「...その前に言うことないの?」

「うぅぅぅ......ごめんなひゃい」

「兄さんが遅いのが悪いんでしょ?」

「ひゃい」

「悪ふざけはしない」

「......ひゃい」


ハアッと盛大な溜め息が漏れ容赦無かった手が離れて俺はひぃひぃと頬を擦った。見れば雪男もがしがしと後頭部を擦っていた。結構痛かったんだな。


「今日の晩飯何がいい?」


まだじんじんする頬から手を離して雪男の後頭部にその手を当てて撫でてやるとちょっと涙目で吃驚したようにこっちを向く。そんなに驚くことじゃねぇだろ。しかも顔真っ赤になっちまった。


「大丈夫だよ......て言うか晩ごはん?」

「うん、悪かったって思ってるし」

「やけにしおらしいね.....雪でも降るんじゃないの?」

「じゃあいい、俺の好きなもんにする」

「昨日も肉類だったじゃないか」

「いいんだよ、若いんだから!」


結局は肉なんだ、と落胆の雪男。だったら最初っから素直に食いたいもん言えっつーの。仕方ねぇなぁ、肉は明日にして今日は魚にすっか。


「あ!...あ?」


魚メニューを考えながら歩いていると道路っ端にあり得ないものが落ちていた。思わず駆け寄ってその物体の前にしゃがんでみる。何でこんなところに落ちてんだ?後ろにいた雪男もひょっこりと俺の横から顔を出して頭にハテナを浮かべたようだった。


「......筍?」

「そーだな」

「何でこんな所に転がってるんだ...」

「んなこと知るかよ」

「誰か落としたのかな?」

「わかんねーけど...」


二人して色々考えてみたけどどうしたらいいか埒があかない。そのうち雪男は俺の制服の襟を掴んで強引にその場を離れ出した。俺の無いに等しい集中力を発揮して筍の事情を考えていたというのに!


「学校遅れる」


はいそうですね、その通り。
このままいたら確実に遅刻だ。
俺はその筍に後ろ髪を引かれる思いでその場をあとにした。






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