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□店長さんとお客さま
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日も昇り始めた午前5時すぎ。
深夜シフトももうすぐ明けるこの時間、眠気覚ましに歩道へ出て伸びを一つ。ガードレールに腰掛けてポケットから煙草とライターを取り出した。

周りを見回しても人っ子一人いやしない。車だってたまに通るくらい。静かなもんだ。

ふうっと煙を吐き出してまたくわえる。
チリチリと煙草の巻き紙が燃える音。
静かな今の時間、日中なら全く聞こえない音も聞こえるもので今度は近付いてくる靴音が気になり出した。そちらへと視線を向ければ向こうから一人歩いてくるやつがいる。
あれ、あいつこの前来たっけ。
このコンビニに寄るとは限らないけど。

近くまで来た彼は俺に気付いて軽く会釈をして店に入る。俺もつられて気持ちの籠らぬ会釈をした。
携帯灰皿に煙草を押し付けて店の中に向かうと、彼はいつものようにペットボトルの水を二本手にするところだった。
お決まりだなぁとカウンターの中に入りまた彼を見るといつもは行かないお菓子コーナーへ。眼鏡の奥の瞳が上下左右に動いてひとつのチョコレートの箱を手に取った。


「珍しいっすね」


視線を上げぬままカウンターに置いたペットボトル二本とチョコレートの小箱をあずかってバーコードを読んでいく。


「え?」

「甘いもの買うの初めて見ましたよ。462円です」

「あ、はい。今日はちょっと疲れてて」


持っていた財布から小銭を取り出すと手渡しで500円玉を差し出され受け取った。ちらりとその顔を見てまたレジに視線を戻す。確かに明け方まで仕事なのかかなり疲れた顔だ。前に来た数回はこんな時間じゃなかったしこんなに疲れきってはいなかったが。
お釣りを渡して少しだけ上目使いに様子を伺う。


「そんじゃ、これどうぞ」

「え...いいですよ」

「お得意様だし、おまけ用のやつなんで。遠慮するほどの物でもないっつーか」


飴玉の沢山入ったかごを彼の目の前にずいっと差し出した。少し驚いたようだったけど「それじゃあ遠慮なく」と一つだけ選んでにこりと笑った。
こいつ、こんな笑顔出来んだ。
今まで笑顔なんて見たことがなかったから(コンビニの店員に愛想振り撒くやつも稀だろうけど)不意に向けられたそれに戸惑った。だってすげぇキレイな碧い眼差しだったから。


「あの、どうかしました?」

「えっ、あ...ごっそり持ってけばいいのに」


俺は慌ててかごの中に手を突っ込んで片手で掴めるだけの飴玉を彼に渡した。困惑する彼の今買ったばかりの商品が入ったビニール袋に強引にそれを入れてお釣を渡しニッと笑って見せる。


「他の人には内緒っすよ」

「......ふふっ、はい。また来ますね」


軽く会釈をして彼は朝焼けの中へ歩いていった。
名前も知らないお得意様。
また来ると言った言葉に妙に楽しみが増えたようだった。






end

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