main2

□奥村くんに甘い奥村くん
1ページ/1ページ



今日は珍しく学校も塾も無かった。
学校の卒業式本番の準備のため在校生は短縮授業、明日は休みだ。祓魔の仕事も今のところ入っていない。
久し振りに余裕があるなと、自分の中の僅かなフリースペースをどう埋めようか数日前から色々考えてはいたけれど今のところまだ予定は空いたままだった。
その情報をどこからか聞き付けた兄さんがメールをくれていた。
考えるまでもなくシュラさんか理事長が情報源だろうけど。


from:兄さん
sub:(`∀´)
本文:今日、予定ないんだろ?一緒に帰ろーぜ。買い物して帰りてぇし。


まったく...
今は授業中だろ?
それに買い物って何だよ。生活費もう全部無くなったって言いたいの...?それが理由で一緒に帰ろうなんて言ってるならちょっと寂しいな。
兄さんからしたら僕はただの財布...?

前方の教員の目を盗んで机の下で携帯を操作する。
いや、今は授業中だ。
休み時間に返信しようと再びポケットの中に携帯を滑り込ませようとすると再度振動が手に伝わる。確認するように周りをそっと見渡せば気付いているクラスメイトはいないようだった。幸いにも教員も黒板に向かっている。手早く受信メールを開き、また呆れた溜め息が出そうになるのをぐっと堪えた。


from:兄さん
sub:(.□-□:)←ユキオ
本文:おいっ、返信あとでとか携帯しまおうとしたろ!兄ちゃんにはお見通しだ!


こういう察しの良さはすごいと思う。
双子というのは変なところで通ずるものがあるものだ。
それにしても何だこの顔文字。
遊んでる場合じゃないだろ。ただでさえ落ちこぼれ街道まっしぐらだというのに。
僕は手早く文字を打ち、短い文章で返信した。


to:兄さん
sub:re:(.□-□:)←ユキオ
本文:ちゃんと授業受けろよ


送信されたのを確認してから眼鏡のブリッヂを押し上げ窓の外を見る。


「......!!」


携帯を片手に持った体操服姿の兄さんがそこにいた。こちらに気がついて大手を振っている。気が付いた体育教師から首根っこを捕まれてずるずるとスタートラインまで引き摺られて行った。


─何をやってるんだよ...。


兄さんのクラスでは今、ハードルの授業をしているらしい。一番後ろにぽいっと投げ入れられた兄さんは口を尖らせて携帯を後ろのポケットにしまった。

再び授業に集中すべく、頭を切り替えようと教科書に視線を落とす。文字の羅列はもう予習済みの頭の中にはすんなり入り込んでくる。

パン、という乾いた音が閉まっている窓越しでも聞こえて窓側の席に座る僕の気持ちを揺さぶり出す。
順番、一番最後だったなと無意識に考えていた。
二回目、三回目の空砲音。
確か並ぶ列は四列目までだった。

四度目の乾いた音。
ノートを取っていたペンが止まり顔は動かさずに目だけを窓の外に向けた。

初めから一歩抜きん出ていた。
ハードルに差し掛かりぶれない身体が難なく乗り越えていく。蹴り出された足はまっすぐに延びて追い掛けるもう片足は地面と水平に上がり空気に乗るようにその動作は軽い。
他のクラスメイトと数人分も差をつけてゴールラインを駆け抜ける姿はいつもの冴えない姿とは別人のようで、運動が出来る奴はモテるというのがよくわかるようだった。実際その様子を回りで見ていた女子の眼差しが明らかに違う。

僕は視線をノートに戻して最後の一行を書ききった。腕時計を確認した教員は「今日はここまで」と教科書を閉じると同時にチャイムが鳴る。自分も机の上の教材を片付けて無意識に窓の外を見るが、そこにはもう兄さんの姿はなかった。


─何を気にしてるんだ、僕は...。


髪をくしゃりと掴んで溜め息を吐くとポケットの中の携帯が再び振動を伝えた。


from:兄さん
sub:(`ε´)←オレ
本文:ちゃんと授業受けてんぞ。見てただろ?一番だった!どーだ!おごれ!


は?何でおごらなきゃならないんだよ。


to:兄さん
sub:re:(`ε´)←オレ
本文:はいはい、すごいね。じゃ終わったら校門あたりで待ってて。


送信ボタンを押して一息吐くとバタバタと廊下が騒がしい。
嫌な予感だ。


「おい!おごりはスルーかよ!」


あんぐり口を開けたまま固まった僕にビシッと指を指して決め台詞を吐くように口端を上げてニヤリと笑った。


「おまえの負けだ、おごれ!」


こっちの答えなど聞く気もない兄さんは再び踵を翻し自分の教室に向かい走っていった。

言ってることメチャクチャだろ?
勝負したつもりもないし負けた覚えもない。
何なんだこの納得のいかない感じ。

急な頭痛が僕を襲う。
今日は帰りに参考書を買うつもりだったのに。
おそらくあてにされている買い物代金と強制的なおごり代金。足りるか確認するためにポケットから財布を取り出した。






end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ