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□gloves
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それは俺達がまだ20代の頃。
お互いに祓魔師として第一線で任務についていた時の出来事。






携帯の着信音が夜中の室内で鳴っている。遠くで鳴る音は俺のとは違う音。


「はい、奥村」


隣の部屋から聞こえる雪男の声。今まで寝ていたはずなのにその受け答えはやたらとクリアだった。何か話しているけど寝ぼけている俺の耳には何の話をしてるのか内容まではわからない。俺も俺なりに任務をこなしているから出来れば寝ていたいと言うのが正直なところ。いつもならそのまま寝てしまうのだが今日は重い体を起こして部屋のドアをがちゃりと開けた。


「起こしちゃった?」


顔を洗ってきた雪男は慌ただしく部屋に戻って着替えを始める。俺は回らぬ頭でコーヒーマシンのスイッチを入れてマグカップを用意した。


「随分と急だな」

「うん、行ってみないとわからないんだけど」

「ふぅん」


上一級祓魔師ともなればこうやって突然呼び出しを食らうことも結構ある。見込んでいた人員では用をなさなかった時、突発的なハプニング、予定外の人命救助等々。今回呼ばれたのはどうやら雪男だけのようだ。


「コーヒーくらい飲んでけば?」


答えを聞く前にテーブルに雪男のマグカップを置いた。中は決まってブラック。俺はミルクも砂糖もたっぷりの方がいいけど。


「ありがと」


部屋から出てきた雪男はコートを椅子に無造作に掛けてコーヒーを一口、口に含んだ。またカップをテーブルに置いてからネクタイを手早く結んでいく。俺はいつまでたっても不器用にしか結べないけど雪男の手は器用に動いていく。これが銃を扱う手なのかと思うほどに繊細だ。


「あぁ、手袋!」


そういえば借りっぱなしの手袋を返そうと部屋に戻ろうとするが後ろ手にその手を引かれて何事かと振り返ると再びマグカップが口元に当てられている。ごくりと喉が動いてその視線は逸らされた。


「いいよ、その代わり兄さんの手袋貸して」

「は?何で?」

「御守りがわりにしようかな、って」

「めずらしいな、そういうの。まぁいいけど」


身支度の手を休めない雪男の視線はこちらを向かないままに最後の眼鏡を装着する。俺はその様子を視界の端に映しながら自分の部屋からがさごそ取り出した黒革の手袋をポイと投げ渡した。それを受け取るとばさりと黒のロングコートを纏う。


「帰りはいつになるかわからないけど」

「いつものことだろ」


玄関まで颯爽と歩いてこちらを向くと俺の手袋をきゅっとはめた。


「コーヒーごちそうさま。行ってくるね」

「あぁ。無事で戻ってこい」


見送るときの恒例のハグはいつも通りにがっちり相手を包んで生きていることを確かめ合うように力強い。そうして温もりが離れて少しだけ頬に触れてくれた手も離れて雪男は鍵を差し込んだ扉の向こうへ消えて行った。






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