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□gloves
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天を見上げ、日の光に視界が白むのを遮るように手のひらを翳す。指の間の薄い皮膚を透けて流れる赤を何の感情も表さぬ瞳で見つめた。

もう少しで凍てつく寒さも揺らぎを見せるだろうこの季節にはまだまだ祓魔師のロングコートは必要で、それだけではまだ足りぬ俺はいつの日かあいつから借りた手袋をごそごそと取り出して手に嵌めた。
ほぅと息を吐けば冷たい朝の空気はそれを白い色へと変えてあっという間に目に見えぬものへと変化させてしまう。


「ねぇ、お兄ちゃん」


コートのだいぶ下の方を引っ張られて振り向くと随分と貧しい身なりの小さな男の子がにこりと無邪気に笑った。


「うん?何だ?」


その子の目線に合わせるようにしゃがんで聞いてみる。大きな目をした茶色い髪の男の子。一見女の子のようでとても愛らしい。その子の手にはほわほわと湯気を醸すスープのカップ。後ろには賑わう朝市のテントが立ち並んでいた。


「あったまるよ、いらない?」


市場の子だろうか。ちょっと不安そうに差し出して首をかしげる様子に笑って頭を撫でてやった。「いくらだ?」と聞けばその子は二本指を立てて代金を請求する。ポケットをあさってじゃらじゃらと取り出した小銭の中から請求されたコイン二枚とおまけの一枚を手渡すとにっこり笑って親のいるだろうテントの並ぶ方へと走っていった。
近くにあった石造りの階段に腰掛けてカップを持てば手袋越しながらも温かさがじんわり伝わってくる。何だかその温かさを直に感じないのは損をしているような気分になって手袋をはずして膝の上へと置いてからカップに口をつけた。優しい味のするスープは、荒んでいた心も落ち着かせリセットさせてくれる。そういえば学生の頃、スープ作ってよく弁当と一緒に持っていったな、なんて懐かしい思い出が甦ってくる。あの頃は色々あったけど楽しかった。思い出して俺は静かに笑った。


「どうして悲しそうなの?」

「え?」


いつの間にか階段の脇から顔を出すさっきの男の子は不思議そうに見つめてきて俺は自分の顔を撫でながらははっと笑った。悲しそうな顔、か。


「これお母さんが持ってってあげなさいって」


小さな手から渡されたのは小さなパンで、それはまだ温かい。さっきのおまけコインのお礼だろうか...ありがたく戴いて半分にちぎって片方をその子に渡した。


「ほい、食ってけよ」

「...いいの?」

「いいの。二人で食った方が旨いだろ?」


持っていたスープを階段に置いて隣をぽんぽんと叩けばその子は素直にちょこんと腰を下ろした。嬉しそうにパンを頬張る姿は何の邪気もなく微笑ましい。祓魔なんて仕事をしているから尚更こういった光景を見るのは安心するものだ。自分も同じ様に頬張って租借を繰り返すと小さな手は俺の膝の上にある手袋を指差して不思議そうに問う。


「それボロボロだね」

「あぁ、これか?古いからな」


最後の一欠片を口に放り込んで俺の正面に移動すると手袋をとって自分の手に片方を嵌めた。子供の手には大きすぎるそれは肘まで届くんじゃないかと思うくらいにぶかぶかだ。


「ここも、ここもここも、薄くなってる」

「いいんだ。大事な人に借りてるんだよ」

「大事な人?」

「うん、その人を探してるんだ......もうずっと」


俺の言葉を聞いて何かを察したのか小さな手が俺の頭をぽんぽんと撫でた。そんなこと誰かにされるのは久し振りだったから驚いたけどその子はにっこり笑い「頑張ってね」と一言を残して元居た場所へと帰っていった。あんなチビに元気付けらるなんて俺もまだまだだなと小さく笑って腰を上げ、古い手袋をまた装着する。見上げた空は青くて今日もまたいい天気だと肺一杯に冷たい空気を取り込んだ。






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