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□青と紅
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正十字学園の食堂は夜になると祓魔師たちの食堂へと変貌する。忙しく働く彼等のために一役かっているのだ。
今日はクリスマスイブのためかいつもの夜よりも人の数は疎らだった。
俺は今日が何の日かなんて考える暇も与えてもらえずにほぼ強制的に任務を決められてやっと帰ってきたところで、ちらりと腕にはめた時計を見れば針は22時を指していた。
「......」
別にクリスマスだからといって好きな人とずっと一緒にいてロマンティックに
過ごしたいとかそんな希望は無いのだが、なんとなく世の中全体がそんな雰囲気に染まっているから仕事に明け暮れている自分がちょっと寂しく思えてくる。
「お願いしまーす」
食券を厨房のわきに差し出した。
メニューは「本日のおすすめ定食」。
「X'masスペシャルディナーセット」なんてのもあったけど、一人で食べるのに何となく気が進まなかったからやめておいた。
修道院にいた頃は神父さんや修道士のみんなと、高校に入ったら仲間たちと、卒業してからはだいたい仕事が入って日付が変わる頃に雪男とささやかにケーキをつつくくらいなものだ。今年は雪男も俺も任務で帰れない予定だったからささやかに祝うことも、顔を合わせることすら出来ないかもしれない。
カタンと出来上がった食事がトレーの上に乗せられると、ふんわりと温かくいいにおいが鼻を擽る。
「おっ、俺これ好きなんだよなー!」
皿に盛り付けられていたのはカニクリームコロッケ。二つ並べられたそれからは揚げたての湯気がほんわりと上がっていた。笑みを浮かべながらウキウキと席へ持っていこうとトレーを持ち上げると、伸びてきたトングからもうひとつ皿の中へと入れられる。
「いつも頑張ってる祓魔師の兄ちゃんに俺からプレゼントな」
「え、いいの?」
「勿論、しっかり食っとけ」
「やった!サンキューおじさん!」
そんなちょっとの気遣いに気持ちが暖かくなるのを感じながらいつもの席につく。
おすすめ定食といってもやっぱりどこかクリスマス仕様になっていてデザートの小鉢にはミニケーキ。そこにはスノーマンの可愛い飾りがついていた。
「ぶっっ!」
あろうことかその顔には眼鏡がかかっている。
─雪男(スノーマン)に眼鏡ってありえねーだろ!メフィストの悪ふざけか!?
もうこうなってしまっては込み上げる笑いは抑えきれない。さすがに一人で大声を上げて笑い転げるわけにもいかずに肩を震わせて必死に堪えた。
「何笑ってるの?」
口を引き結んで涙の溜まった目を声のする方に向ければコーヒーとミニケーキを手にした雪男が立っていた。やっぱり眼鏡のスノーマンの飾りがついている。
「ひっ......」
今ここにいるはずの無い雪男がそこに立っていて、本当なら先に出てくるはずの言葉も出てこない。飾りのスノーマンと同じ様なにっこり顔、同じ様な首の傾げ具合に俺の我慢のネジはポロリと落ちてしまった。
「ぶっ......ぶはッッッ!!!!!ぎゃはははッッッ!!!!!」
「......?」
「ちょ、ちょっ、ぶフッ......ひっ!!!」
「何なんだよ」
これだけ爆笑されたとあって一気に不機嫌になった雪男は眼鏡を押し上げて向かい側の席に座った。
「兄さん」
「...ふ、...ひ、」
「ちょっと、深呼吸しようか」
あまりに笑いすぎた俺は酸欠になりかけてその提案に頷いた。
「まったく、何がそんなに面白かったのさ」
「だってこれ、ふぐっ、ありえねえだろ?スノーマンに眼鏡、って」
正面にある雪男とスノーマンの眼鏡顔がいやでも視界に入ってなかなか笑いが収まらない。
「んー、まあね。でも可愛いよ、表情とか」
「そうじゃなくて!おまえだろ、コレ」
俺を凝視したあとにスノーマンを見て数秒。雪男は呆れたように笑った。
「なるほどね。だから厨房のおじさんもおまけでこれくれたのかな」
「えっ、貰ったの?」
「うん。兄ちゃんにもおまけしたから弟くんにもぴったりなのやるって。何で僕にケーキがぴったりなのかわからなかったけどそういう意味だったんだって納得したよ」
「いやぁ、一年分は笑ったな。おまえのせいで腹筋が痛ぇ」
「何で僕のせいなんだよ」
コーヒーの入ったカップに口をつけた雪男を見て思い出した。
出来立ての一番旨いタイミングを逃すところだった!
「それにしても今日は帰れないって言ってなかったか?」
まだ十分に温かなカニクリームコロッケを口に放り込むととろりと優しい味が口いっぱいに広がる。
「祓魔対象が退散したみたいで中止になったんだ。情報が漏洩してたのかも。兄さんこそ早いよね」
「うんめー!何コレっ!おまえも食うか?」
「......聞いてるの?」
「ゴメンゴメン、あんまり旨かったからつい...俺の方は早く終わったんだ。みんなイブだから早く帰りたかったんじゃねーの?」
もうひとつのカニクリームコロッケを箸で掴んで雪男の口の前まで運ぶとちょっと顔が赤くなった。
「ほら、あーんしろ」
「やっ、やだよ。恥ずかしい」
「誰もいねえよ」
回りを見渡せば先程までいた数人ももう帰ったようで広い食堂には俺たち二人しかいない。厨房のシェフ達も客がいないとあって奥に引っ込んでしまったようだった。
「ほらぁ、冷めるし」
「......」
更に顔を赤くしてぱくっと食らいつく。
最初から素直に食えばいいものを。
「......おいしい」
「だろー!」
「これもおいしいけど、僕は兄さんの作ってくれたもののほうがいい」
食べることに集中していた視線を少し上げるとじいっと真面目に俺を見つめる碧い瞳。
「んー、明日でいい?」
「えっ?」
「飯まだなら作るけど」
冷蔵庫に何かあったかなと記憶を辿るがたいした材料は無かった気がする。買い物して帰るにしたってこの時間じゃ店だってやっていないだろうと考えると限られた材料で作れるメニューを探そうと俺の頭は慣れないフル回転を始めた。
「いいよ、あんまりお腹減ってないし」
「そんじゃぁ半分こしようぜ」
テーブルのわきにある箸が入った箱から一膳取り出してずいっと雪男の前に差し出した。
「いいってば」
「俺も腹の減り具合そんなんでもねえから。匂いにつられて入っただけ。嫌いじゃねえだろ?」
「嫌いじゃないけど...どうせ言い出したらきかないんでしょ」
「わかってんなら最初から食え」
「この歳になってあーんとか半分ことか...恥ずかしすぎる」
「いいだろー、俺は恥ずかしくねえし」
むくれる雪男にニカッと笑ってやると溜め息で返された。そんなふうに意識しすぎるから恥ずかしくなるんだ。雪男はこういうことで恥ずかしがるくせに、もっと大胆なことは恥ずかしげもなくしたりする。俺からしたらその基準は全くもって不可解だ。
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