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□強くなる為に必要なもの 1
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ドアを閉めるとふうっと息を吐き出した。
帰ってきた、本来の自分がいるべき場所に。

もうだいぶ日も落ちたこの時間、室内はかなり薄暗い。玄関からの短い廊下を進みリビングとの間のドアを開けるとまだ雪男は帰っていなかった。時計の針が刻む音だけが大きく聞こえる。

ここにちゃんと帰ってくるのか...別れ際のあいつの顔を思い出すとそんな不安が俺の真ん中を占拠する。電気もつけずどすんとソファーに腰を下ろした。


──そんなに勢いよく座ったら壊れるでしょ。


雪男がいたらきっとそう言う。
いないのに雪男の声が聞こえてしまう。
憎まれ口でも、バカにしたような口調でも、怒り口調でも、何でもいいからいつもみたいに...。

レースのカーテン越しに見える空の色はどんどん濃度をまして闇に変わっていく。
まだ自分だって帰ったばかりだというのに帰ってこない雪男が気掛かりだ。外の闇があいつを連れ去ってしまうような気がして、早く開いてくれと念を込めてじっとまだ開くことの無い扉を見つめた。
いなくなるはずなんて、ない。

背凭れに寄りかかりただ扉を見つめても部屋はどんどん暗くなるばかり。
ポケットにしまってあったメフィストから借りた鍵。取り出して僅かに差し込んでくる夕焼けのオレンジに碧い石を翳した。キラキラと反射する石は次第に光を失いその碧の中に闇を広げていく。
俺はそれをただ見つめた。


カチャン


玄関ドアが開く軽い音。
その音にどきりと身体が小さく揺れる。無意識に集中する聴覚をもう一度同じ音が刺激する。ドアは閉められて静かな足音が自分の方へ向かっている。見つめていた扉がゆっくりと開くとコートを着た雪男が驚いた顔でこちらを見つめた。


「お、おかえり。待ってたよ」


早く帰ってきて嬉しい気持ちと、喧嘩して部屋を飛び出してしまった恥ずかしい気持ちがごちゃ混ぜになる。


「待って...たの?」

「当たり前だろ」

「だって怒って出ていったじゃない」

「う...そうだな。自分に腹が立ったんだ、おまえのせいじゃない」


そこから立ち上がり雪男の方へとゆっくり近付く。腕を上げて照明のスイッチに
手を伸ばすと雪男はきょとんと俺を見た。


「なんだよ、怒ってると思ったのか?」

「......だって酷いこと言ったし勝手に色々進めてるし」

「まぁ、ちょっとは頭きたかな」


ぱちんとスイッチを入れてから照明に照らされて明るくなった顔を覗き込む。青白くて痩けた頬、うっすら浮かぶ隈、正気の無い表情。


「......」


その痩せてしまった頬に片手で触れて慈しむように少しだけ撫でてみる。戸惑うように揺れていた瞳は次第に落ち着いて俺の手には雪男の手が重なった。冷たかった雪男の手は少しずつ体温を取り戻し暖かくなっていく。凍り付いてしまった心が少しだけ温もりを取り戻したような錯覚が妙に俺を安心させた。ただ、手が暖かくなったってだけなのに。


「...兄さん」

「んっ!?」


急に掛けられた声に我に返っていつもの位置を見上げてどくんと心臓が大きく震えた。


「座ろうか」


いつもの笑顔にはまだ遠かったけどあの
笑顔が少しだけ戻っていた。
僅かに細められたそれから覗く俺の好きな碧...。


「......」

「嫌なの?」

「い、嫌じゃねえっ、喜んで!」

「どこだかの居酒屋みたい」


雪男はクスクスと笑った。
いつもみたいに楽しそうに笑う姿。

メフィストからも勝呂からも「喋らなくなったし笑わなくなった」と聞いていたから、こんな姿を目の前にしたらなんとも言えず嬉しい気持ちが溢れてくる。今までは普通にあった雪男の笑顔。どれだけそれがなくてはならなかったものかを思い知らされた。


「ど、どうだった?15の俺は?」


そんな気持ちに気付かれぬように至って普通に、自然に話そうと心掛けながら様子を伺うとじいっと見つめられてため息をつかれた。ちょっと前まではまともに目も合わせてくれなかったから過去へ行ったことで何らかの良い影響はあったのだろうけど俺の顔を見てため息とは少々不満だ。


「人の顔見てため息って失礼だろ」

「そう?」

「そう?って...」

「兄さんはやっぱり兄さんだったよ」

「はぁ?当たりめぇだろ」

「うん...そうだよね」


詳しいところは全くわからなかった。
雪男がどう感じて、どう思って、何を得てきたのか。
でもこちらに帰ってきて俺自身のことを言えば、今まで疑問に思っていたことがいっぺんに解決するように次から次へと色んな記憶が頭に浮かんでは静かに染み込んでいく。


「あのさ......何か色々思い出してきた」

「そういえば僕も...」


雪男は眼鏡に手を掛け頬杖をつき俺は腕組みをしてより鮮明に思い出せるよう二人して目を閉じた。






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