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「......奥村先生」


目の前の青黒かった闇が晴れて段々と色が戻ってくる。


「奥村先生!」


目の前には白い衣装の理事長がいた。
だが胸の辺りから下がどす黒い赤に染まっていた。そこから自分の方に視界を移すと生温い血が僕の手を濡らしている。そして僕の膝の横には横たわる兄さんがいた。胸部と腹部に複数の銃弾を浴びていて聖銀の弾だったのが仇となり酷すぎる傷からはどくどくと血が溢れている。


「兄さ......兄さん、兄さん!!」


返事をできるような状態ではない。無反応の顔は蒼白く息もしていないように見えた。


「僕......僕がやったんですか...?」

「すぐに正十字学園に連れて帰ります。今回ばかりは私でもどうにもなりません。貴方はあとから来なさい」

「僕がやったんですか......」

「ええ。貴方は悪魔につけ込まれたのですよ。いいですか、必ずあとから来なさい」


何を言っているのかわからない。声さえ遠く聞こえる。脳が全く働かない。確実に現実を伝えてくるのは視覚だけ。

珍しく余裕の無い理事長は兄さんを抱き抱えて立ち上がりマントをヒラリと靡かせるとそこから消えた。

消えた兄さんと理事長を追うように定まらぬ視界。
揺れて揺れて、揺れる。
無理矢理に両手で目のわきを押さえるとぬるりとした感触が肌を伝う。その手を前に持ってくれば血濡れた両手が震えて止まらない。寒気がしてやまないのに嫌な汗が身体中から噴き出す。叫んで自分の中の闇を吐き出したいのに喉が酷く渇いて声にならない雑音しか発せない。霞む視界には自分が手にする拳銃しか目に入らなかった。

考えることをやめた頭は真っ白でただ目は天を仰いだ。こんなとき、神父さんが礼拝で唱えた聖書の一説が頭を巡る。穏やかな懐かしい声。また神父さんに会いたい、頭を撫でてほしい。



カチャ...



無意識に真っ赤に染まった両手に包まれた凶器。銃口は顎の下に当てられていた。冷たい鉄の感触はやけに心を無にする。


「......兄さん、ごめん」


弱々しい言葉と一緒にぽたりと涙が一粒溢れて消えた。
目を閉じて引き金に指をかける。
情けない自分に失望し、それを引こうとしたとき強い衝撃が頬に走り、僕は床を滑って壁に背中を打ち付けられた。
眼鏡が飛ばされ誰がいるのかわからない。ただぼやける視界には肩で息をするおそらく若い男性の姿。


「何やっとんのや!くそったれ!!!」


ああ、そういえばこの任務に...。
その人は僕の元までつかつかと早足で寄った。胸ぐらを掴み、二発三発と彼の拳が頬を打ちのめした。いっそそのままこの弱い魂を、意味の無い肉体を、叩きのめして殺してくれとさえ思った。
この人にとっては祓魔塾に来たときからの級友でライバルで親友を僕は殺そうとした、いや、殺してしまったのかもしれないのだから。


「あほぅ......」


殴打されていた手は止まり、変わりに俯いた顔から落ちてきた雫が僕の頬を濡らした。


「死んだらあかん、先生のせいやないやろ!」

「僕のせいです...僕が兄さんを...」

「しっかりせぇ!あの悪魔のせいやろ、こんな弱い先生...俺の知っとる奥村雪男やない!」


ただ、その涙が綺麗だと思った。
何を言われても、もう。


「もともと弱かった、それを隠してきたんです...」

「先生、こっちみいや」

「もう僕に構わないで...」

「いいからこっち向け!」


両手で頭を捕まれて強制的に前を向かされれば勝呂くんの強い眼差しが僕を貫く。そんなに人をまっすぐに見ることなど僕にはもう出来ない。
泣きたくなど無いのに目が熱くなる。
こんな情けない姿を晒したくないのに僕の手は勝呂くんのコートをきつく掴んでいた。


「大丈夫や。俺が一緒におる」


ぎゅっと苦しいくらいに抱き締めてくれる暖かい腕。子供をあやすようなポンポンと背中を叩くリズム。不安なときに兄さんがしてくれたのと同じだった。


「俺だけや無い、みんな先生と一緒におる。だから絶対大丈夫なんや」


強かった腕の力は緩んで勝呂くんの頭が僕の頭に寄せられる。
その優しさに僕の心は震えた。

止められなかった。
とめどなく溢れる涙も、叫ぶような泣き声も。






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