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階段をゆっくり上がると先程祓った悪魔のいた空間が広がる。悪臭と血溜まりや飛び散った血の数々、そして何体かの亡骸...おそらく誘拐された女性たちだろう。


「......」


凄惨な状態に眉間の皺を深くする。目を閉じて一度心を落ち着かせた。


「...行こう、兄さん」


拳を握り唇を噛み締める兄さんの背中に触れて再び階段に足を掛ける。所々血濡れた階段を登るたび酷く胸が焦げ付くような気分になった。


「ここからは偵察が優先」

「わかってるよ」


階段を上りきった先に見えたのは天井まである観音開きの扉。


「ここか」

「扉開けるわけにいなかいし、二人が来るまで待機しよう」

「扉に出来るだけ近付いて中の様子うかがってくる。おまえは無線で連絡しろ」

「了解」


無線に手を伸ばそうとした時、あちら側からの連絡が入った。何やらザーザーと雑音が混じって聞きづらい。扉に身体を向けていた兄さんも足をこちらへ向け直し聞こえてくる音声に耳を澄ます。


「─奥村くん、....聞こえるか?」

「はい、聞こえます」

「中級悪魔は祓ったが一名負傷...傷は深く......あてが必要で今対応していま...そちらへ向かえば......助から...かもしれな...」


雑音が酷く聞き取りづらかったが何とか内容は把握できた。しかし応援が呼べるほどの人員もなく時間的にも余裕はない。


「建物内に僕ら以外入れるのは危険ですから救護はまだ呼べません。そちらで処置をお願いできますか?」

「君らは...」

「二人で行きます、任せてください」

「無事を願......す」


プツリと無線は切れ、見下ろしていた兄さんと目を合わせた。
青く澄んだ瞳には苛立ちと怒りが滲んでいる。


「落ち着いて」

「わかってる」


感情に流されやすい兄さんを冷静にさせるのが先決だ。対策を練って時間を掛ければ少しは落ち着くか...。
僕は兄さんにぴったり身体を寄せて小さな声で提案をする。


「今度は多分さっきのようにはいなかい。二人同時に攻め込もう」

「おう、早く終わらせようぜ」

「うん、たださっきの悪魔もバカじゃなかった...親玉なら更に勉がたつはず。油断は禁物だ」


僕は重い頭を叱咤してこめかみに手のひらを当てた。どくどくと脈打つ感覚に気付かぬ振りをして銃に新しい弾を装填した。






******





「行くぞ」

「うん」


再び装備を確認して兄さんの斜め後ろに立つ。
叩いても蹴っても開きそうな背の高い重量のあるだろうだろう扉。
扉の前まで慎重に足を運ぶと兄さんは片手に青い炎を灯す。その炎は少しずつ大きくなり兄さんの顔程の塊で燃える。
目配せをされて僕は一歩後退するとその炎を静かに扉へと翳した。集中する手元を見つめグッと手のひらを押し出すと青い炎は平たく広がり扉一面に燃え移りほんの数秒で焦げ付き次第に灰へと変化させる。

速まる心臓の音なのか、こめかみに走る脈の感覚かどくどくと血を送り出す音が頭のなかを占拠していく。息をするのもやめたいほど鈍くて重い痛みが上半身を支配しだした。
目を開けるのも辛くなりだしたがそんなことは言っていられない。

燻る青い炎。
ぱちぱちいいながら反対側に倒れた扉の先にバルコニーにもたれ掛かる紳士がいた。黒い髪に赤みがかった瞳、身なりはきちんとしたものを纏い、上流階級の紳士のように見えた。


「おまえ、親玉だよな」


兄さんの言葉にその紳士は口元に手を添えて上品に笑う。


『だったら何なのです?』


低く艶めく声。
今まで相手にしてきた下衆な悪魔とは違う。背筋がぞくりと冷たくなる。
ただ快楽を求めるだけでなく、美しさを身に纏い、どす黒い欲を見つけて取引し、長く生きてきた頭のいい悪魔。人間の良いところも悪いところも知り尽くして弱いところにつけ込み、甘言で惑わせ、喰らい、貪る。そういう悪魔だ。
直感的にそう思えた。


「おまえのやったことにけじめをつけてもらう」

『......ふふ』

「何が可笑しい」

『貴方、魔神のご子息なのでしょう?噂通り悪魔の定義をわかってらっしゃらないようですね』

「定義...?」

『悪魔というのは人間の強欲、醜い欲を喰らい生きているのです。その欲が深ければ深いほど悪魔は満たされる。、同意を得た上でその身を戴くのです。けじめなどつける理由がありません』


もたれ掛かっていた身体を前に倒し上目使いでニヤリと笑う。月明かりを背中に浴びてその姿が浮かび上がる。
凛とした佇まいでカツカツと靴音をたてて数歩近付いてくると僕は銃を向けて威嚇した。


『いい素質をお持ちですね』


ピタリと足を止めてそう赤い目が笑う。
細められる瞳から目が放せない。


「素質...?」

『そう、悪魔の素質です』


首をかしげて舐めるように動く赤い瞳は何かの暗示でもかけられているような気分になり咄嗟に横へと視線をずらした。


『貴方、体調が悪いでしょう?』

「......」

『認めないからですよ』


認めない?何を言っている...体調が悪いのと何の関係が。


『貴方はこの方の後ろ楯になるのに、そしてこの方の為に生きるのに疲れてしまったのでは?』

「!?」

『貴方は自分のために生きていない。認めて楽になればよろしいのに。負の感情を溜め込みすぎて体調不良を起こしているのですよ』


これこそ悪魔の甘言。
まともに聞けば取り込まれてしまう。


「雪男、聞くな」

『言わなくてもいい。思えばいいんです、疲れたと』

「答えるな」


赤い目が兄さんの方へとスッと動くとヒュンと何かが飛んだ。


『私はこの方と話しているのです。黙っていてもらえませんか?』


兄さんの頬からは血が流れていた。
一瞬の早さに兄さんさえ避けられなかったのか。しかしその傷ももう癒えて塞がっていく。


『おやおや、そんなにあちらが心配ですか?視線を外す余裕などないはずなのに』


正面にあったはずの悪魔の顔は耳のすぐ脇にあり小さな声で囁いてくる。
こんなに俊敏で頭のいい悪魔と戦う経験は今まで無かった。


──疲れたと顔には書いてありますよ...可哀想に、私なら貴方の味方になれるのに。


しゃべっていないはずの悪魔の穏やかな声が重い頭にこだまする。
僕はそれを許すほど弱っているのか?
病んでいるのか?
赤い瞳が僕を見つめる。
心臓の音が鮮明に聞こえる。段々と静かにペースが落ちていく。


──疲れたのなら眠ればいい。


鈍痛が続いていた頭も徐々に楽になっていく。
まだ僕にはやらなくてはならないことがたくさんあるんだ。こんなところでおまえに支配される訳にはいかない。


「にい、さ...」


──さぁ、楽になりなさい。


薄らぐ意識の中で青い炎が赤い瞳の後ろで散り散りに舞う。青い炎と黒い影、それがぶつかり合い消えていく。

認めたつもりはない。
でも認めてしまったのだろうか。
心臓の音はやけにゆっくりになっていく。
このまま死ぬのだろうか。

時が止まってしまったように僕の身体は動かなくなってしまった。






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