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□燐編
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正十字学園町にある奥村家御用達となったスーパー。
今日も俺は買い物かごをぶら下げていつものように夕飯の買い出しをしていた。


「うっわ、野菜高ぇな...魚も高ぇ...」


ぶつぶつと独り言を漏らしながらあちらこちらを物色する姿は些か一円でも安い店へと走り出す主婦と何ら変わらないとちょっと溜め息が漏れる。
まだ高校生になったばっかりだっつーのに。

今日は雪男の好きな海産物でフライ定食にでもしようかと思っていたけど何せ買おうと思っていたものが高い!だから弟には悪いが今日はカレーだ。

買い物袋をぶら下げてオレンジ色に変わってきた空を見上げる。水色からオレンジ色に変わる境目の色は何ともいえず美しい色合いで見上げたまま歩いているといきなり後ろからグッと腕を捕まれた。後ろに引いた瞬間に目の前をバイクが結構なスピードで通り過ぎ、その勢いのまま掴んだ人と共に後ろへひっくり返った。


「ってぇ...うわ、大丈夫ですか、すんません...ありがとうございまし...」


助けてくれた男性が顔を上げて言葉を失った。柔らかな笑みでずれた眼鏡を直す。


「ケガはない?」

「う、あ、え?」

「大丈夫みたいだね、ほら立って」


長身の祓魔師のコートを着た......雪男みたいな人?つーか雪男だろ。雪男以外の何だと言うんだ。
でも、なんつーかその......大人になってる。
あんぐり口を開けて尻餅をついたままの俺の腕を引っ張って立たせるとテキパキと地面に散らばった買い物袋の中身を広い集めだした。俺は衝撃から抜け出せずにその様子をただ見つめていた。


「はい、今日はカレーなの?」


ナニ!?
フツーだ!
何でフツーなんだ!?
俺の目がおかしくなったのか?
そりゃ夕飯はカレーだけど何か他に言うこと無いの!?


「カレーだけど、あのさ......雪男さん、ですよね?」

「はい、雪男です」

「俺の目壊れたみたいでおまえが大人に見えるんだけど...」

「壊れてないよ」

「じゃあ、あれか!任務で悪魔になんかされたのか!あ、薬品扱ってて間違って老化薬飲んだとか!」

「不正解」

「じゃあ、もうあれしかない!あれ!」

「あれあれって、わからないよ」

「あれってアイツだよ!メフィスト!アイツの仕業だろ!」

「すごいね兄さん、正解です」


だろー!俺すげー!
って鼻息荒くしちゃったけどそんな事言ってる場合か!?


「おまえ、冷静すぎんだろ。何ででかくなってんだよ?元に戻るのにどんぐらい掛かんだ?」

「元って、僕は元々これなんだけど」

「は?」

「僕は今の時代の人間じゃないんだ。七年後から来たんだよ」

「は???」

「だから正しく言うと僕はあなたの弟じゃない」


このでっかい雪男は七年後から来て、だから、んと...22歳で、俺の弟じゃなくて、弟じゃないから敬語使った方がいいのか?年上だしな。じゃあいつもの雪男は帰ってくんのか?あれ、このでっかい雪男もカレー食うのか?人数多いほど飯は旨いからかまわねぇけど...って何か目ぇ回ってきたな。


「兄さん、大丈夫?」

「うーん...」

「兄さん?」

「...「兄さん」って何か変......ですね」

「敬語っ!?」

「だって俺の弟じゃねえって言った...です、よね?」

「...なんかやりづらいから兄さんと呼ばせてもらうよ。兄さんも敬語じゃなくていいから」

「...おぅ」


そうは言ってもお互いの緊張感は拭いきれなくて話の合間の沈黙が堪らない。くるりと向きを変えてズンズン進む。
慌ててついてくる靴音に妙に弟を感じて恐る恐る声を掛けた。


「あのさ...おまえも寮来るか?カレーだけど食ってけよ」


振り向くと同時にまた腕を捕まれ、更に背の伸びた雪男が見下ろして微笑んだ。
何を引き留める理由があるのか。全くわからない。


「寮はダメなんだ。今日は僕に付き合って」


思いきりしかめっ面で見上げたけどそんなことは気にもとめずに反対方向へと引っ張り出す。


「ダメってなんだよ、俺食事当番だから遊んでられねぇんだよ」

「今日は大丈夫、ご飯作れる人が寮にいる」

「は?」

「兄さんが心配することは何も無いよ。15の僕には22の兄さんがついてるから」

「なっ、なに!?意味わかんねぇ!ちゃんと説明しろよ!」

「ほら、早く行くよ。説明はそれから」


捕まれた腕は振りほどけなかった。でも痛くない。きっと雪男ならではの優しさだろう。でかくなってもそういうところは変わらないんだなと少しだけ頬が緩んだ。
聞きたいことや納得できない事は山盛りだったけど、雪男が言うように説明は後でもいいかと思えてズンズン進むその背中の後を歩いた。






******






正十字学園で一番高いところに鎮座するヨハン・ファウスト邸。
門扉を潜りエントランスを抜けて最上部にある理事長の部屋の前でピタリと雪男の足が止まった。
...そっか、抗議するのか?
こんな訳のわからない状況を作ったのはあいつだし、さすがの雪男だってこんな風に時代を飛び越えてまであのピエロに遊ばれては堪らないだろう。それに、俺が言うより雪男が抗議したほうが確実にまともなことが言えるし確実に言いくるめられる事も無いだろう。...悔しいけど。


「失礼します」


軽くノックをして扉を開けるといつものように奥の執務机に座ったメフィストは俺たちの姿を見てニヤリと口角を上げた。いつ見ても俺達で楽しんでいるあの表情は腹立たしい。


「待ちくたびれましたよ、奥村兄弟」


机に両肘を付いて組んだ指に顎をのせて一層その怪しい笑みが深まる。表情一つ変えない雪男は俺の腕から手を離して先を促すように背中にそっと手を当てた。


「随分な不満顔ですねぇ」


そう楽しそうにいい放つ姿はさすがに頭にきた。誰のせいでこんな訳のわからないことになってると思ってんだ。ズンズン歩みを寄せてメフィストの前まで進むとバンッと机に掌を打ち付けた。


「あったりめーだろ!意味がわかんねぇよ!でっかい雪男だって今よりぜってー忙しいはずだろ?」

「まあその通りですが☆」


バチンとウィンクを投げ掛けられて呆気にとられたが、あまりの軽さに更に怒りが沸々と腹の中に沸き上がる。斜め後ろからも盛大な溜め息が漏れるのが聞こえた。


「奥村先生には申し上げたのですが、貴方にも簡単に解りやすく説明して差し上げます」

「バカにしてんのか?」

「ふ、そんなつもりはありませんよ」

「......だったら笑ってんじゃねぇよ」


握った手を口元に添えて笑いが漏れるのを堪えている。呼びつけておいてしかも笑われてはまったく面白くない。つーか不愉快だ。


「これは失礼しました。まぁそちらにお掛けなさい、さあ、奥村先生も」


応接用に置いてあるソファに言われるままに二人で腰を下ろした。相変わらず雪男は冷静だったが俺はイライラを最大限にあらわにしてドカッと座ってやったんをだけど。
横並びに座った俺達の正面にメフィストは変わらぬにやけ顔で優雅に座って足を組んだ。


「こちらの22の奥村先生と22の奥村燐くんですが、あちらでは二人とも忙しくてスレ違いが多かったんです。二人の仲もイマイチ噛み合わずに任務に支障をきたし始めましてね」


いつの間にか用意されていた紅茶に手を伸ばしてカチャリとカップを持ち上げる。その間隣の雪男に視線だけ向ければ苦笑いで返された。


「それっておまえが俺達を無茶な予定で任務に付かせてるからじゃねえの?」

「だから私にも責任があるかと一肌脱いだのですよ」

「否定しないのかよ」

「事実は変えようがありませんから」


悪いことしたって気持ちがあるのか無いのかわからない。やっぱりこいつの考えていることはよくわからない。


「それが今の状況とどう関係があるんだよ」

「わかりやすく言えば気分転換ですよ」

「?」

「22の奥村兄弟にはスタートラインに戻ってみて初心を取り戻す、必ず忘れていたものを取り戻せると思いまして。それに15の未熟な兄弟にとっても学ぶべき事が多いでしょうから」

「あとは理事長の暇潰しのターゲットになってしまった、と言った所ですかね」


身体を倒し膝に肘を付いて上目使いでニヤリと口端を上げる雪男を表情の無いメフィストの瞳が見下ろした。
ゾクリと背中に冷たいものが走る。どっちが悪魔なんだかどっちも悪魔なんだかわかりゃしない。


「奥村先生にはかないませんね」


スッと立ち上がると掛けてあった白いマントをひらりと羽織って帽子を手に取る。カツカツと靴音を立てて扉に向かおうとするメフィストに慌てて声をかけた。


「なんだよ、どこ行くんだ?」

「私はこれから温泉で骨休めに。あなた方は寮というわけにも行きませんからこの我が家を自由に使ってくださって構いませんよ。あぁ、でも使用人は全て休みを与えてしまいましたので、生活は自分達でなさってくださいね☆」

「ちょ...」


ぱちんと指をならすと同時にぼんっと煙が立ち上ぼりヤツの姿はすっかり消えてなくなった。相変わらず自由人だな。なんなら俺達も温泉連れてけってんだよ。


「温泉行きたいとか思ってる?」


大袈裟にやってるつもりはないけれどそれほどに肩がびくりと上がってしまった。
俺、今の心の声がだだ漏れだったか?
いやいや、そんなはずはねぇぞ...雪男の人の心を読む才能は半端じゃない。でかくなったら更に磨きがかかってる。


「う...お、思ってねぇ...」

「語尾が小さくなっちゃってるよ?」

「思ってねぇったら思ってねぇ!」

「はいはい、兄さんは温泉より大人の僕といた方が嬉しいよね」

「まあ、それもアリだな」

「え?」

「だってこんな経験普通出来ねーだろ。それにおまえに興味あるしな」


目を見て気持ちのままに伝えると雪男の目が一瞬大きく見開かれた。それからふいっと顔を逸らして眼鏡のブリッジをくいっと上げる。横顔は窓から差し込む夕日のせいかちょっとだけピンク色に染まっていた。


「とりあえず...カレー作る?」

「そうだな。ここんちの厨房ってどこなんだろなー?」

「一通り間取りは聞いてるから一緒に行ってみようよ。久々に仕事も無いから作るの手伝うよ」

「珍しいな!ってか初めてじゃね?一緒に飯の用意とか」

「うん、そうかもね。大人になっても兄さんに任せっきりだよ、ごめんね」


ごめんね、なんて言わなくたっていいのに。手伝ってくれる気持ちがあるんだろ?


「俺だって頼ってるところいっぱいあるし迷惑掛けてる」


スーパーのビニール袋をガサガサいわせながら二つある持ち手の雪男側のひとつを空けた。宙ぶらりんのビニール袋はバランスを欠いてブラブラと揺れる。


「片方持て」

「......」

「何だよ」

「随分可愛い事するなと思って」

「ばっ、可愛いとか言うな!」

「ふふっ、じゃあ片方ずつね」


ちょっと大人っぽくはなったけど言うことは今の雪男とたいして変わらないのかと内心思っていた。
ガサガサと音を立てて持ち手を掴む。
歩くたびに今度は前後に少し揺れた。






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