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□Tinkle
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チリン、リン、

踵が地面に触れる度に鈴の音がする。
しんと静まり返った緩やかな下り坂の道は僅かに降り始めた雪に濡れていた。
燐は自由にならない手に力を込めて転ばないよう慎重に一歩を前へ出す。

チリン、リン、

クリスマスらしい鈴の音は燐の耳元で可愛らしい音を立てている。そちらに顔を向けると眉間に皺を寄せて頬と鼻の頭を赤らめた雪男がうぅと唸っていた。燐はそれを見て直ぐに正面に向き直し、ひくひくと口元を震わせて今視界に入ったものを取り払おうと懸命に別の事を考えようとした。

「......ありぇなぃ」

いつもとは違う舌っ足らずな喋り方だ。

「何で、僕が...トナカイさん...」
「ぶっ......ぐほっ!!!」

そこ、何でさん付け!?
妙に可愛い。笑ってしまった衝撃で背負っていた雪男がずるりと落ち掛かってまたチリンと音がした。

「それ狙って言ってんのか?」
「何が......うぅ、気持ち悪...」
「ちょ!待った!!俺の背中で吐くな!!!」

辺りを見回してあそこならともう閉まってしまったカフェの軒下に急いだ。走ってしまえば余計に危ないような気がしたから出来るだけ揺らさぬように出来るだけ早歩きで。
辿り着いた壁寄りに雪男を降ろして俯いたままの顔を下から覗き込んだがこれと言って反応は無い。

「大丈夫か?」

眼鏡越しに瞳は見ることが出来ず、ぎゅっと瞑った睫毛は僅かに濡れている。顔色は悪く青ざめているが鼻の頭は着色されていて赤いままだ。呼吸も少し荒いようで少し良くなるまで休んでいった方がいいかと燐は溜め息を吐いた。そのうち立っているのもつらいのか壁に凭れていた背中がずるずるとずり落ちて支えようとした腕も虚しく二人してそこへへたり込んでしまった。
ずっと俯いている為に折角のトナカイカチューシャもずれてしまって随分と前のめりになっている。今の雪男にはそんな人に見られて恥ずかしいアイテムを外すことも、ましてや正しい位置に直す余裕すら無い。しかも赤鼻だ。
雪男をここまでにするとは祓魔塾講師のクリスマスイベント恐るべしと燐は苦笑いを浮かべた。
その姿を見て心配する気持ちは勿論あるわけだが、しばらくは込み上がってくる笑いを堪えるのに必死で無理に仮装させられてその上飲まされた事を思うと同情する気持ちも湧いてくる。

「水、あるぞ?」

あらかじめ用意してあったペットボトルを目の前に差し出すと顔が僅かに上がって薄く瞼が開いた。

「飲むか?」

完全に開ききらない碧がぼんやりと燐を捉えて小さく頷くとカチューシャに付いた鈴がそれに合わせてチリンと鳴る。
ぱきぱきと蓋を開けて「ん、」と目の前に差し出すと雪男は僅かに唇を開いた。

「......」
「......飲ませろってか?」

そう問うとゆっくりと瞬きをしてそうだよと答えたようだった。先程よりも少し顎を上げて更に瞳を細める催促に思わずごくりと喉を鳴らした。何故かこれから人には言えぬことをするように鼓動は早まってしまう。ペットボトルを持つ手が震えそうだ。だが気付かれるのは面白くない。燐は最大限に冷静を装いゆっくり、ゆっくりと慎重にペットボトルを持つ手を近付け傾けた。少しぎこちない動きに気持ちを察したのか、そこに温もりを失った手が触れて先を急かすように傾ける角度が増す。

「......」

ごくりと音がして晒け出された喉仏が上下する。

「......」

もう一度ごくりと喉が動き、飲み口から唇が離れて顎が下がるとまたチリンと鈴が鳴る。ただただその様子を見つめていた燐と目が合うとじっと見つめ返されて濡れた唇が何かを呟いた。

「 」

こんなに近くにいるのにその言葉は耳には届かない。「なんだ?」と身を乗り出して問い掛けるが雪男は首を横に一度だけ振って「なんでもない」と呟くだけだ。脱力して壁に寄り掛かる身体はいつもより少し小さく見えて、らしくなく投げ出された手足はいつもより少し頼り無い。何を言いたかったかなんてわからない。気になっても「なんでもない」なんて言わせてしまったらこの頑固者から聞き出すのは絶対に無理だ。しかしきっといつもなら言えないようなことを言ったのではないだろうか。

「なあ」

左腕をアスファルトに着いて声を掛けたと同時に上がった頬にチュッと勢いよく唇を当てた。雪男はぽかんと口を開けて何が起こったかわからないといった顔をしている。燐自身も衝動的にやってしまったことで、ハッと我に返って雪男から視線をはずして何もない上を見上げたりして落ち着きの無さを露呈した。

「まっ、まだ気持ち悪いか?」
「いや......」
「んじゃ帰ろーぜっ!おんぶしてやっから!」

くるりと向きを変えて見えた背中は雪男にはとても暖かそうに見えて、自分でも驚くほどにすんなり伸ばした両手が燐の身体に絡み付く。尖った耳が恥ずかしそうにピンク色に染まっていたが、小さい頃によくそうしてもらった時と変わらずに燐の背中は逞しく暖かい。
自分よりも重いはずの身体を軽く背負ってうっすら雪化粧した寮までの道を歩き出すと歩くリズムでチリン、チリンと静かな町はメロディーを奏で始めた。

「ねえ」
「う、うん!?」
「帰ったらクリスマスする?」
「......あと一時間もねーよ?」
「讃美歌歌って、神様に祈るくらいは出来る」
「そっちかよ...まぁ俺らはそれが当たり前だけど」

横断歩道の白線はもううっすらしか見てとれない。深々と降り続く雪は辺りも白く染めていた。
話題に出たから、何となく子供の頃から歌ってきた音階とフレーズが燐の口から溢れて英語の歌詞だと言うのになめらかにその発音は美しい。雪男は燐の背中でその声を追いかけるように歌詞を重ねた。
静かな闇に響く二人の声はとても澄んでいて穢れの無い天使のような声だった。
時折笑い合う声が聞こえて二人の距離が無くなるのがわかる。そしてまたチリンと音がした。

この歌声が天に届いて、
来年もまた二人でいられますように。







Happy Merry Christmas !

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