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□僕らのところへ
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前の日の晩からとても冷え込んでいた翌日の朝、窓に反射する朝日はいつもより輝いて布団から飛び出しぎみだった燐の瞼を刺激した。何となく意識が浮上して気が付いた寒さにぶるりと体を震わせ暖かい布団の中に頭まですっぽりと身を潜らせた。中には自分の他にすぅすぅと寝息を立てる片割れがいて無意識に手を伸ばすと抱き寄せるように身体をくっつけた。


─あったけー。


自然と頬が緩んで、その匂いにまた安堵する。足に足を絡ませて頭に顔を突っ込んで首に回した腕の力も加減など出来るはずもなく雪男は寝ぼけた声を出して身じろいだ。


「う......んー、にいさん、くる...しぃ」


苦しげな声に慌てて力を緩めた燐は間近に見上げられたまだ半開きの瞳をじっと見つめてニカッと笑った。


「おはよ!ゆきお」
「うん、おはよ...」


まだしっかり開かない目をごしごしと擦る雪男の口調は舌っ足らずで可愛い。そんな雪男が愛しくて再び抱き締めてから小さな掌を耳の傍に当てた。


「へやのなかすっげーさむくてふとんのそとにでたくない」
「おふとんのなかあったかいもんね。でもきっととうさんがそのうちくるとおもう」
「おまえらあさだぞーってふとんはがされる?」
「うん、たぶん...あっ、そーだ!」


くるりと体勢を変えた雪男は布団の下の方に潜って何やらごそごそと動いている。


「あった!」


小さなおしりがもぞもぞと動いて向きを変えた雪男が持っていたのは自分達の洋服だ。


「きのうねるまえにしーつのしたにいれといたからあったかいよ」
「すげー!おまえあったまいいな!」
「えへへ...きがえたらおへやのだんぼうピッてしようね」


はい、と手渡された着替えは暖かくてこれからは寝る前こうやって準備しておこうと小さな二人はすごい計画を思い付いたように頷いた。それから布団の中で着替えにくいにも関わらずきゃあきゃあとはしゃぎながら着替えて、すっかり身体も暖まって布団から顔を出すとキンと冷えた空気がちょうどいいくらいに気持ちがよかった。


「ゆきがふくあっためといてくれたからだんぼうピッするのはおれがやる」


顔だけ出した状態で布団の中はすぐに飛び出せるように猫みたいな格好だ。


「よーい」


おしりをフルッと振って目標を捉える真ん丸なつり目は本当に猫のよう。


「どん!」


飛び出すとひんやりした空気が部屋の中で動き出す。入り込んだ冷たさに雪男が身を震わせている間に燐は背伸びをして正面にあるスイッチに手を伸ばしていた。


「にんむしゅうりょう!」


腰に両手を当てて胸を張って格好良く決めてみたけれどやはりこの寒さは身に染みる。途端に身を縮めて腕を手で擦って白い息を吐き出した。ふと見た半端に開いたカーテンの隙間からはいつもより数割増しの光の帯が室内に射し込んでいる。好奇心旺盛な燐はその光景に突き動かされるように窓へ近付いた。


「わ!ゆき!ゆきお、きて!」
「どうしたの?」
「いいから!はやく!こっち!」


小さな踏み台に乗った燐は窓枠に掴まったまま数歩右側に移動して雪男が一緒に見れるように場所を空けた。寒いのは苦手だけど兄さんが呼んでる、だから頑張ってお布団を出る。雪男はそこを飛び出して冷たい窓枠に燐と同じ様に掴まって身体をピタリと寄り添わせた。


「わぁ!すごい!」
「すげーな!まっしろ!」
「ぼく、あそびたい!」
「おれも!」


顔を見合わせてニッと笑った二人は同時にピョンと踏み台から飛び降りた。少し冷たくなってしまった右手と左手をどちらからともなくぎゅっと握って獅郎の部屋へと走っていく。


「とーさん!とーさん!」
「おそとであそんでいい?」
「いい?」


勢い良く開けた扉の先はまだカーテンが閉まっていて薄暗い。燐はベッドでもぞもぞと動く獅郎の上に飛び乗って雪男は獅郎の顔を覗き込む。矢継ぎ早に交互に聞こえる双子の声と胸にかかる重力に獅郎は重たい瞼を薄く開けた。


「何だおまえら...起きたらまずは何て言うんだ?」
「あっ、とうさん、おはようございます」
「おはよーとうさん!でね、そとであそんでいい?」
「あぁ?こんな朝から...」
「ゆき!ゆきがふってね、おそとがまっしろなの!」
「雪?どうりで冷え込むと...」
「なぁ、おれそといきたい!」
「ぼくもいきたい!」
「しゃーねーなぁ...じゃあ顔洗って歯磨いてからちゃんとコートと手袋と」
「「マフラーと耳当て!」」


キラキラと目を輝かせてそう言い切ると双子はまた手を取り合ってバタバタと部屋を出ていった。


「ったく、朝から慌ただしいなぁ」


まだ疲れの取れぬ身体を起こして欠伸をひとつ。昨晩も帰ったのは遅かったというのに子持ちの苦労は絶えないなと獅郎はまだ良く回らぬ頭でビデオカメラのしまった場所を思い出しながら口角を上げた。





******





「にいさん、ゆきだるまつくりたい!はやくいこー!」


珍しく興奮状態の雪男は早く外に行きたくて仕方がないようだ。そのまま飛び出して行きそうな様子に燐は子供らしからぬ様で眉間に皺を寄せて雪男の腕を引いた。


「ゆきおはすぐかぜひくからな。ちゃんとあったかくしろー」


いつになくてきぱきとハンガーに掛かっている防寒具一式を手にしてそれを順に着せていく。コートはしっかり一番上までジッパーを上げてマフラーは取れてこないようにしっかり巻く。手袋には服の袖口を突っ込んで寒い空気が入らないようにして最後の仕上げにうさぎさんの耳当てを装着。


「これでばっちり!」
「わぁ、にいさんありがとう!」
「んじゃいくぞ!」
「うん!」


嬉しそうに玄関に駆けていく姿を追って燐も歩みを早めるとすぐに襟足を捕まれてちょっとだけ身体が浮いた。


「うわっ、とーさん!はなせ!」
「おまえコートどうした?」
「おれもはやくいきたい!」
「ちゃんとコートと手袋とマフラーと耳当てしたらな」
「やー!ゆきお、ないちゃうだろ!」
「だったら早く用意した方がいいんじゃねえか?」


むぅと頬を膨らまして不服そうにする頭に手を当てて「ほら、雪男が待ってるぞ」と急かすと慌てて部屋へと走っていく。燐は雪男が大好きで、雪男は燐が大好きで。微笑ましく嬉しいことだが、少しばかり依存度が高い。大きくなったらどうなるのだろうと腕組みをして考えてみたが答えなど出るはずもない。


「とーさん、やってー!」


駆けてくる足音に目を向けると、言われるままに急いで支度をしたけれど思うように上手く出来なかった、と言わんばかりの格好をした燐が走ってくる。ボタンは掛け違えているしマフラーの長さも左右で極端に違っていた。頬を真っ赤に染めて「はやく!」とせがむ小さな息子を前に獅郎はその目線に合わせてゆっくりとしゃがんだ。コートもマフラーも、まだ手に持ったままだった手袋もくまさんの耳当ても完璧にしてくしゃりと柔らかな髪を撫でた。


「よし、行ってこい」
「とーさんもいく?」
「ああ、ビデオ撮らなくちゃあな」
「あそばないの?」
「なんだ、燐は神父さんと遊びたいのか?」
「うん!ゆきおととーさんとゆきだるまつくるんだ!」
「そうか、じゃあでっかいの作るか」


そう言えばたちまち大きな青い瞳はキラキラと輝き、胸の前で握られた両手にぎゅっと力が入るのがわかった。獅郎は燐にニカッと笑って膝に手を置いて立ち上がる。同じタイミングで外から聞き慣れた声が聞こえた。


「にいさん!どこ?にいさん!!」


燐がいない事に気が付いたのかその声は雪男にしては大きな声でとても慌てたようだった。ただひたすら兄を呼んでいた声が次第に涙声に変わっていく。それを聞いた燐は玄関とは逆の方へ走り出した。


「おい燐、どこいくんだ!」


子供ながらになかなか足の早い燐を追い掛けて飛び込んでいった先の扉に手を掛けると今度は獅郎の足元をするりと抜けて玄関にまっしぐらだ。脇には何やら箱を抱えているように見える。


「とーさんもはやく!ゆきおないちゃうぞ!」
「大丈夫だろ?修道院の敷地の中なんだ...」
「うわああぁぁぁぁぁん!!!」
「ほら!とーさんがおそいから!」


玄関の扉を勢い良く開けるとガンっと鈍い音がした。弟思いなのは結構だが、これ以上家を壊さないでほしい。ため息を吐きながらそこへ向かうとやはり扉の蝶番は外れていた。不幸中の幸いで直せば大丈夫のようだ。雪男もまた燐の持ってきたティッシュペーパーで涙やら鼻水やらを拭ってもらって泣き止みつつあるようだった。小さな手袋が雪男の頭を撫でている。そして燐が何か話し掛けて雪男は「うん」と頷いてにこりと笑った。


「燐には敵わねぇなぁ」


小さな二人の微笑ましい光景を獅郎は目を細めてしばらく眺めていた。






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