main3
□ねがいごと、ひとつ
1ページ/1ページ
※ゆきおとこさんととらりんさんのお話です。
ねがいごと、ひとつ
現在の天候は快晴、風はほぼ無し。雪に反射する太陽の光が眼を眩ますから注意が必要だ。障害物は右前方にある張り出した岩が一つ、目標までの距離は約五メートル程。真っ白な雪の丘向こう側に気配を感じて、ゆきおはこの時の為に用意してあったお手製のおもちゃの銃を標的に向けた。足元には固く握られた小さな雪玉がいくつもあり、積み上げられたそれはまるで月見団子のようだ。
(…わからないと思ってるのかな)
真っ白い雪の端から一瞬覗いたのは辺りの白さに負けないくらいの白い耳だった。丸くてふわふわで黒い縞模様が特徴的。
ゆきおは「今だ!」と心の中で言葉を放ち、それと一緒に雪玉を支えていたゴム紐から手を離す。ひゅん、と音を立てて真っ直ぐに飛んだ雪玉はひょっこり顔を出したりんの顔に命中した。
「ぼえっ」
「これで4対0だよ」
「げっ、まじかよ」
「まじです」
あることがきっかけで知り合ってから、りんはたまにここに遊びに来るようになった。最近ではほぼ毎日昼頃になるとやってきて「どうせ一人だとちゃんと食わないのだろう」と昼食を作ってきてくれる。確かに食事に拘りは無くて、朝はほとんど食べないし昼も食パン一枚を齧って終えたりとかいう事が多い。そんな生活がりんにはお見通しだったのだろうか。
「僕が勝ったら願いを一つ叶えてくれるんでしょ?」
「まだおまえが勝ちって決まってねぇだろ」
不機嫌に話す顔の横でしましまの尻尾が雪玉を持ってゆらゆらと揺れ出した。ああ見えてあの尻尾のコントロールはなかなかにすごい。うっかり他に気を取られでもしたらまともに顔面ヒット間違いなしだ。
「今回は譲らないよ」
「俺だって」
大きく撓ったしましまの尻尾が雪玉を次から次へと放ってくる。さっき大人しかったのは雪玉を作っていたからのようだ。かなりの量の連打に避けるのも一苦労だ。
「おらおら、避けてるだけじゃ勝てねーぞ!」
「余計な事言ってないで当てられるように集中したら?」
「けっ、可愛くねー」
「可愛くなくて結構、僕男だし」
負けじとゆきおの放った球がりんの顔目掛けていく。次こそヒットだと身を乗り出すとりんはしなやかに後転してそれを避けた。それはスローモーションのようにゆっくりに見えて雪の中で踊る黒と白がとても綺麗だと見入ってしまった。後転の状態からぽかんと口を開けるゆきおをりんの釣り目が見る。青い瞳がにやりと細められた。
「隙アリ!」
足元にあった残りの雪玉が逆立ちから蹴り出されてあっという間に飛んでくる。だがゆきおにそれは通用しなかった。雪玉を避けるように身を低くし、一気に走り出してその間に下にある雪を掻いた。瞬時の出来事に燐は身を起こす事しか出来ずに、気が付いた時には手に山のように盛られた雪を直接顔面に塗りつけられていた。まるで罰ゲームの顔面パイのようだ。
「ぶふっ……僕の勝ち」
ひくひくと揺れる尻尾と丸い掌が中途半端なポーズのまま信じられないと震えていた。仮にもりんはトラであって、獲物をしとめる事に関しては誰にも負けないと思っていたのに。
「もう、いいよ!仕方ねー俺の負けだ!願い事!」
面白くないのが言葉の全てに滲んでいる。
子供っぽい感情表現に余計におかしさが込み上げた。
「ふふ、じゃあ何がいいかな…」
「考えてなかったのかよ。日が暮れる前に帰らないとジジイにどやされるから早くな」
そう言われて見上げた空はまだ青い。
日が暮れるなんて気が早いと思ったけれど太陽はかなり西に移動していた。
あと一時間もすればりんもゆきおも夕焼け色に染まるだろう。
「……時間経つの早いね。願い事、早く考えないと」
空を仰いでハァと小さく溜息を吐いた。
白く吐き出された息がふわりとゆきおの顔の周りに広がって消えていく。
「……おまえさ」
りんがゆきおとの距離を一歩分縮めて表情の変化を探るように顔を近付ける。至近距離でじっと見つめられて、ゆきおのこころからどくんと大きな音がした。
「今、どんな顔してるかわかってんの?」
「え、……どんな顔?」
りんが帰ってしまったら、また一人ぼっち。
願い事なんて言いたくない、
言ったらりんが帰ってしまうから。
りんともっと遊びたい、りんと一緒にいたい。
実際にはそんな言葉は絶対に言わないのだろう。
でも、ゆきおの顔がそう言っているように見えたのだ。
「おまえの願い事、決めた」
「は?僕の願い事なんだから決めるのは僕だろ」
「おまえがなかなか決めないのが悪い」
りんは体中に浴びた雪をぶるぶると身体を震わせて落とし、長く伸びたしましまの尻尾でゆきおの腕をくるりと巻いた。ぎゅっとしっかり巻き付いたそれは歩き出したりんに引っ張られるように先を進む。
「おまえ、俺の事好き?」
「へ?あ、っと、んん?」
「嫌じゃなかったら今日泊めろ。それがおまえの願い事な」
「なんだよそれ……でもお父さん心配するよ?」
「大丈夫、怒られるの慣れてるし。それよりゆきおともっと一緒にいたいと思った。俺、おまえの事好きだし」
「そ、それは僕の願いじゃなくてりんの願いじゃないか」
「いいじゃん、どっちでも」
くれた言葉がどんな意味を持つのかよくわからなかった。
好きだと言うそれはどういう好きなのか。
でも、ぐいぐいと腕を引くりんが前を向いていてくれて良かったと思う。ゆきおの顔は赤く染まり、幸せそうに綻んでいた。
「じゃあ、僕も一緒に怒られるよ。一人じゃない夜なんて初めてだな」
りんは少し振り返ってゆきおが好きな人懐っこい笑顔を見せた。
願い事はりんによって叶えられる。
一人じゃない世界が見え始めていた。
END
2014.3.16 HARUCOMIC CITY 19
Aokihitomini presents free paper
.