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□On the night of Halloween
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ある大きな街の一角、坂を上り切った場所に噂の先生がいる病院があった。
先生はまだ若い男性で清潔感溢れる白い白衣が良く似合っていた。その上格好良くて背が高く笑顔が素敵だ。眼鏡が知的でそれがまた魅力的でもある。腕も確かで街の皆に好かれ、頼られていた。


そんな人気者の先生には悩みがあった。それは夜中に訪れる患者さんの事。


先生は今日診察した患者さんのカルテを整理して「今日もお疲れ様でした」と自分で自分を労う。診察室の奥にあるコーヒーメーカーでマグカップ半分のコーヒーを淹れて冷蔵庫にある牛乳でそれを割る。以前はブラックコーヒーしか口にしなかったのに最近習慣付いたことだった。帰ったら今日のご飯は何にしようか。そんなことを考えながらまたマグカップに口を付ける。まったりした一日の仕事終わりが先生はとても気に入っていた。充実感と心地良い疲労感。すぐにこの場を離れるのは惜しいくらいにこの仕事は天職だと思っている。目尻をふにゃり下げて先生はまたズズッと音を立てながら薄くてぬるいカフェオレを口にした。



ドン!ガツッ!



静寂を打ち破る深夜の激しい物音がドアの向こうから聞こえる。今夜も来ましたかとばかりに先生は溜息を吐いて机にマグカップを置いた。
既に診療時間を終えた病院内は先生がいる診察室以外は灯りが落ちている。スライド式になっているドアも今は電源を落としていてそこに寄りかかる誰かを迎えようとはしていなかった。寄り掛かる黒い影は先生の悩みの種のようだ。
扉の脇にあるスイッチをONにするとスライドドアはいきなり動き出し、寄り掛かっていた誰かの頭をガガガと小刻みに叩き付けた。


「いでででででっ!」


声を上げたのは怪我をした黒尽くめの人だった。着ているコートは埃塗れで髪の毛もぐしゃぐしゃ。見るからに喧嘩してきたといった見てくれだ。


「診療時間はとっくに終わってます」
「だったらドア開けんなよ」
「……時間外治療は高く付きますよ?」
「おう、付けで頼む」


平然とそう言ってニカッと笑う彼は初めて先生の所に来た時も同じような状況で同じような事を言った。その時先生は夜中にも関わらず彼に治療を施し、熱いのが苦手だと言う彼にぬるいカフェオレを出して少しの世間話をした。
彼との付き合いはまだ数日だ。でも先生にとってこんな風に接する人間は今までに出会ったことが無かったし、面倒だけれどとても気になる。厄介だけれど嫌いにはなれないと感じていたのではないだろうか。


「今日もまた酷いな」


広げた掌や甲にはあちらこちらに深い裂傷、頬には痣、背中には引き摺られたような跡がある。所々裂けてしまった部分からは血が滲んでいた。先生は以前からこの人が負ってくる傷はただの喧嘩で付くような傷とは違うと思っていた。もっとその域を脱したものだと。


「たいした事ねーよ、こんなのすぐにいだだだだ痛い!」
「これだけの傷を負ってるくせに…我慢出来るでしょ?」
「ったく優しい顔して結構Sだもんなぁ」
「こんなんじゃSとは言わないんじゃないかな?」


先生は冗談交じりに「ハイ終り」と患部を強めに叩いて治療を終えた。黒い彼はまたぎゃあと悲鳴を上げていたけれど先生は気にした様子も無い。確かにSだ。


「評判と違う!」
「評判?」
「ここの先生は腕が良くて優しくてイケメンだって。知らない奴はいないだろ」
「どこが違うのかな…」
「…裏表あるやつってこえー」
「何ですか?」
「ナンデモアリマセン」


先生は彼にくるりと背を向けて今日もコーヒーを淹れるようだ。その背中を見ていた彼はふうと鼻息を漏らしてから左手で頬杖を付いた。


「先生、俺いつもより砂糖多目がいい」
「いつもだって結構入れてますよ?」
「俺甘いのが好きなんだ」
「子供みたいだな…」
「先生は甘いの駄目か?お菓子とか」
「嫌いじゃないですけど自分ではあまり買いません」
「嫌いじゃねーならいっか」


黒い彼はその青い釣り目をきらりと光らせて口端を上げた。


「今日は何の日だか知ってるか?」
「え?っと……十月三十一日って……あぁ」
「ほら、ほら」


彼はクイクイと指を曲げてお決まりのあの言葉を強請っているようだ。


「言ってみてよ」
「別に…お菓子なんて欲しくない」
「ほれ、いいから」


そわそわと言葉を待つ彼に対して先生は溜息を吐いて砂糖増量のカフェオレを入れる。出来上がったカップを手にしてぼそりと愛想無く呟いた。


「…トリックオアトリート」
「よし、じゃあこれ!」
お目当ての言葉が聞けると彼は満足げに笑みを浮かべて胸に手を入れた。


「じゃじゃーん!」


そこに入っていたのが不思議なくらいに綺麗にラッピングされた透明の箱が顔を出した。中にはカラフルな色のお菓子が沢山詰まっている。


「なかなか可愛いだろ?甘い物って疲れた身体が欲するって言うしいつも世話になってるしな。味も保証付き、ここ最近で一番の出来だ」
「えっ、これ作ったんですか…!」
「俺料理得意なんだ」
「意外だな…いつもの恨みとか入ってたりして…」
「自覚してんのかよ…それとも悪戯の方がいいか?」


悪戯っぽく笑ってがたりと席を立った彼は手にマグカップを持って窓へと向かう。その時に見下ろされた視線に何故か先生は肩を揺らした。


「ていうかさー」


外の様子を眺めて彼は目を細めた。外の景色など夜の闇でよく見えないはずなのに彼の瞳は忙しなく小刻みに動あsいている。


「いつも以上に俺に悪戯したいヤツが多いみたいなんだよ」


一瞬外を眺める彼の目が青く炎を放ったように見えた。そして同じ瞬間浮遊していた何かが一瞬青く火を出してすぐに消えた。
彼はマグカップにあった残りを流し込んで「手当てありがとな」と言った。もうここを出るようだ。


「……あの」
「ん?」
「今日は僕ここに泊まります」
「……は?」
「甘い物貰ったからもうちょっと頑張れそうだし…だから疲れたら寄ってくれても」
「じゃあ、朝までに一回寄る。折角の先生からのお誘いだし」
「誘ってません」
「はは…そんじゃーな」


ひらひらと振った手の傷は既にだいぶ消えていたように見えた。
彼がどうして夜に怪我を負って来るのか先生にはわかったのではないだろうか。
覗き見していた僕らもそろそろ出かけなくてはならないだろう。






End

2013.10.27 COMIC CITY SPARK8
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