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□銃口と、青炎と。
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※原作11話あたりの妄想後日話。



曇り空に浮かぶ三日月が暗雲に隠れながらもぼんやりと光を放ち存在を主張している。
夜の街は静寂に包まれ、人も車も見付けることは出来ずに昼間の喧騒が嘘のようだった。


「…降りそーだな」


燐は木刀を肩に回して空を見上げていた。足元に擦り寄ってくるクロはまだ遊び足りないと訴えるがもう寝ないと明日がツライと頭を撫でて言い聞かせた。
残念そうにしながらもクロは日課である夜の散歩に一人出掛けていく。その姿が民家の屋根の向こうに消えるまで見守って自分もそこから飛び降りた。


──まだ帰ってねぇかな。


めっきり人通りのなくなった道を木刀をトントンと肩に当てながら歩いていく。
歩きながら真っ先に浮かんだのは弟の事で、仕事で今日は遅くなるから先に寝ていいと言っていたのを思い出した。誰もいない真っ暗な部屋に真っ直ぐ帰るのも気が進まなくて少しばかり遠回りをして帰ることに決めた。


「ゴリゴリくん買ってこ」


ポケットに入れた手に100円玉が二枚触れたからゴリゴリくんを二つ買った。コンビニから出て鼻歌混じりに暗い夜道を一人歩いていく。大通りから少し入った抜け道は街灯もなくて、頼れるのは看板の照明と僅かな月明かりだけ。薄暗い陰湿な空気が漂う嫌な感じが拭えぬ道だ。


「何か気味悪ぃな.........っ!!」


嫌な気配を感じた瞬間に何かに胸ぐらを捕まれて受身の態勢も整わないうちに勢い良く外壁に叩きつけられた。パラパラと壁の破片が埃と共に舞う。顔面を強く打ち付けたせいか左頬の感覚がいまいち無い。だが生暖かい液体がつうっと頬を伝うのは感じられ壁に凭れていた背中を離してむくりと体を起こし正面にいる敵を睨み付けた。


「またこいつか…」


いつか襲われたのと同じナベリウスだった。涎を垂れ流しながら耳障りな獣声を上げ続けている。


「今回もアイツのお使いか?」


口端を上げて真っ直ぐに敵を捕える。


「...ワカ、ギミ...」

「聞いてることに答えろよ」


降魔剣は持っていないというのに青い焔がじんわりと溢れ出した。青い瞳も燃え上がり中心の赤が一層濃さを増していく。次第に纏う焔はゆらりと立ち上り辺りを青白く染めていった。






***






左肩を庇うように歩き慣れた道を進む。
任務を終えた雪男は疲れた表情で寮に向かっていた。
徐に眼鏡に手を掛けてゆっくり外すと眉間に皺をめいっぱい寄せて両手でぱんぱんと頬を叩く。


「…何やってんだ、僕は。疲れてるのかな…」


任務で魔障を負うことなど今まで一度だって無かったというのに。
傷付いた左肩に触れ、溢れた言葉で自分自身に問い掛けていた。らしくない静かな独り言は冷たい空気に溶け込んで沈んでいく。


「.........!?」


通り掛かった風景の端に青い光が立ち上がった。手にあった眼鏡を慌てて装着してその方向を見ると確かに青い光が辺りを照らしている。


「兄さん!?ったく…世話がやける」


黒いコートの裾を翻し、疲れているはずなのに颯爽と闇を駆け抜ける。二丁の拳銃に弾を込めながら光を目指して路地を抜けるとゆらりと青を纏う兄を見付けた。


「兄さん!」


顔から夥しい血が溢れこの前と同じナベリウスが今にも食らい付きそうに唸り声を上げている。手には木刀、こういうハプニングが起こると仮定できなかったのかと少々苛立ちを覚えてしまう。


ドンッ、ドンッ、ドンッ


有無を言わさず放った三発の弾は全て命中したがすぐに倒れこむような柔な悪魔ではない。攻撃されたことで標的は雪男に変わり一気に走って向かってくる。
いつものように拳銃二丁を同時にかまえようとするが左腕には激痛が走り思うように動いてはくれない。仕方無く右手一つでの応戦に悪魔は嘲笑うかのような声を上げて飛び上がり、左肩に攻撃を絞ってのし掛かり爪を食い込ませてくる。


「ぐっ……っあぁぁっ…」


傷を確かめるように顔が近付くと気味の悪い瞳が笑ったような気がした。


「ギャアアァァァッ……」


楽しむように悪魔の指先が左肩の傷をえぐる。あまりの激痛に目の前が霞んだ。

こんな雑魚相手に...やられる訳にはいかない...

腰に装備してあった聖水に手を伸ばすがその手さえも押さえ付けられ更に傷をえぐられると次第に意識が遠退いて行く。


「...おい。相手は俺だろ」


遠退く意識の中で怒りを押さえようともしないよく知った声が小さく聞こえた。ぞくりと背筋が凍り付くような冷たく低い声。朦朧とする意識の中で押さえ込まれていた悪魔の動きは止まり呻き声が響くのがわかった。揺らぐ意識の中で青い焔は大きく燃えていた。ナベリウスの首を締める片手はギリギリと音を立て燐の焔によって燃え始めている。


「俺の弟に何してんだ…ぜってぇ許さねえ」


首を絞めたまま腕を高く上げるその姿は怒りに任せて我を忘れて暴走してしまうのではないかと思えるほどに黒い影を纏っているように見えなくもない。


「………消えろ」


ドンッという爆音と共に吹き出した一瞬の焔は瞬く間にそれを灰にする。目の前にいるのは紛れもない家族なのに、わかっているのに、悪魔の王の血を見せ付けられたような気がした。
放心状態の雪男の瞳には走り寄るいつもの燐の姿。不安そうに触れてくる掌はいつものように暖かかった。


「酷ぇ…」


雪男の傷口を持っていたタオルで押さえる燐の手は少し震えていた。
あんなに勇ましくあんなに強く振る舞っていたのに。


「兄さんこそ頬が切れてるよ」

「どう見てもおまえの方が重傷だろ...い、医者に…」

「僕が医工騎士の資格持ってるの忘れた?」

「自分で出来るのか?」

「うん、手伝ってくれるなら」

「お、おぅ。任せとけ!じゃ寮まで乗れ」


くるりと背を向けてしゃがむと下向きの掌でクイッと指示されるが、さすがに高校生にもなってしかも男同士でおんぶされるというのは気が進まない。


「だ、大丈夫だよ。恥ずかしいし…」

「いーから乗れっつーの!」


こうなったら絶対に譲らない燐の性格を知り尽くしている雪男は仕方なくその背中に体重を預けた。でもやっぱり恥ずかしくてコートの襟を立てると振り向いた横顔がニヤリと笑ってすかさず声を掛けてくる。


「誰も見ちゃいねぇって」

「いいから早く歩いてよ」

「へいへい」


そう言えばこんなふうにおぶってもらうのは何年ぶりだろうか。とても懐かしく暖かい。風にゆれる黒髪が自分の頬を撫でて酷く心地がいい。


「...無理すんなよな」

「無理なんかしてないよ」


納得いかないと言っているような燐の言葉を軽く受け流してみたけれど。


「俺は大丈夫だから」

「やられそうなの見てほっとけないよ。兄さんを守るのは僕の役目だから」

「......ヤバかったんだよ」

「何が?」

「...おまえがやられるって思ったら...理性がぶっ飛びそうになったんだ...そうなったら止めるのはおまえの役目だろ?おまえがいなくちゃ...困んだよ」


揺れる肩越しに見える横顔はどんどん赤くなり歩くスピードも早まっていく。そんな燐の様子にクスッと笑うと更に歩幅は大きくなった。


「わかった。無理はしないよ」


燐の肩に顎を乗せて答えるとくすぐったいからやめろと照れ隠しの言葉と笑い声が漏れた。その声には安堵と嬉しさが含まれていて雪男の心までも暖かくした。

切れた頬の痛みも、えぐられた傷の痛みも、守ってくれる存在に助けられて痛みは早く治まるはず。
お互いを支え合う事を使命に生まれてきた二人で一つの魂は欠けることなど出来ないのだ。

雪男を背負い後ろに回された燐の手には二つのアイスが入ったビニール袋がゆらゆらと揺れている。
しっかりと支えてくれる腕に答えて雪男も燐の首に腕を回した。






end

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