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□星だなんて、ロマンチックすぎて
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年に二回だけ。
兄さんの行動は決まっている。
日付が変わった今、ベランダの手摺を掴んでいた掌が胸の前で合わされていた。僕がいる方からは見えない様にしているつもりなんだろうけれどそれに気付かないはずも無い。その様子を見守りながら僕もまた窓辺に近付いて空に瞬く星を見上げた。


「兄さんは神父さんの夢を見る?」


神父さんが命を落としてから僕は一度たりとも神父さんの夢を見たことが無かった。思い出して心の中で懐かしんだり、時には涙が出そうになったりすることは多くあるというのに夢には姿を現してはくれない。神父さんが現れてはくれないのではなくて自らの意識の奥で出てこれない様にしてしまっているのかもしれない。そうであれば僕は薄情な息子なんだろう。


「いいや、出てきてくんねーよ」


兄さんは組んでいた手を解いてさっきと同じように手摺に手を置き、その上に顎を乗せた。
もしかしたらと思っていたけど、その言葉の抑揚にやはり兄さんも僕と同じような事を思っていたのだと感じた。
夢でくらい、またあの笑顔が見たい。大きな安心に触れていたい。心の奥底ではそう思っていた。


「ジジイに会いたいか?」
「……兄さんは?」
「質問を質問で返すなよ」


そうしてどちらからともなく会話は途切れる。
結局答えは聞けず仕舞いだ。
会いたいと言ってしまえば自分が弱くなってしまったような気がして、そういう自分を晒す事が嫌だった。兄さんを守りたいという大義を目の前にして唯一何にも代えがたい拠り所を顕にしたくはない。会いたくないはずが無いのに。


「夢で会えたらさ、まず伝えたい事って何?」


毎日顔を合わせていた時、言いたくても言えなかった事なんて山のようにある。心の内に抱えていた葛藤も妬みも弱音も、甘えた言葉も、ありがとうの言葉も。思えば思う程、思い出せば思い出すほど伝えられなかった思いは多すぎて心が軋んだ。神父さんにどれだけ自分をわかってもらえていたのか、わかってもらいたいのに何一つ伝えられなかった。
だからまず伝えなければと思う言葉がある。これだけで全部わかってもらえると思うのだ。


「雪男、こっち」


いつの間にかこちらを見ていた兄さんが小さく手招きして自分のいる所まで来いと誘う。近くに寄るとそれまで揺れていた尻尾が腰に絡み付いてグンと引き寄せられた。


「おまえ、また面倒くせー事考えてただろ」
「別に」
「顔見りゃわかんだよ。兄ちゃん舐めんな」


間隣にある触れた腕の温もりを感じて何だかほっと心が落ち着く。
風に揺れる髪から覗く瞳には星の光が小さく映り込んでいた。


「神父さんは星になったのかな」
「ブッ、そんなロマンチックなタマじゃねーだろ」
「そう?案外空から見られてるかもよ」
「だとしたらずりーよな。俺等の事は見てるのにこっちからは見えねーんだもん」


兄さんは一番大きく輝く星を指差して夜中だと言うのに構わず大きな声で叫んだ。
まるで神父さんが生きていた頃の二人のやり取りを思い出す。


「おい、クソジジイ!たまには元気にやってる姿見せやがれ!」
「ちょ、兄さん!静かにしてよ、近所迷惑だろ!」


冷静を掻いた僕の声も相当近所迷惑だったはずだ。
きっと神父さんがいたら二人して叱られていたかもしれない。
言い合う僕らの上で光る星が見下ろしている。
何故か視線を感じるような気がして言い合う口を噤んで二人して空を見上げた。


「「………」」


理由はわからないが心が騒ぐ。
周りにある木々は少しも揺れていないのに僕等にだけ一瞬強い風が吹き付けたかと思うと懐かしい香りを感じた。無意識に目を瞑ると今度は柔らかい風が頭上に下りる。昔よく大きな手が優しく撫でてくれたように。
僕は隣にいる兄さんの顔を見て確信した。
今、言わなければ。言えたらきっと。


「神父さん……」


言おうとすると風はすぐに収まってその気配は消えてしまった。
言わせない、と言われているような気がした。
暫く放心状態だった僕らは同時にプッと吹き出し、負けず嫌いだった性格を思い出して神父さんもまた冷静でいられなかったのかと更に笑いを誘う。


「……っ、星になってたみてーだな」


意外だったと兄さんは笑う。


「元気にやってるってことだね」


それに続いて僕も笑った。


久し振りに叱られて頭を撫でられて、何とも言えない気持ちになる。
ずっと見ていてくれている。
伝えたかったことを伝えるのはまだまだ先でいいみたいだ。


星になった神父さん。
兄さんは否定していたけれど、意外にロマンチックな人だったのかもしれない。





end

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