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□それって、兄ちゃんは心配だ
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毎週末、学校が休みの日に食材や日用品の買い出しに行くようにしている。
塾の帰りとなると割と遅い時間になってしまうし、お勤め品と称した値引き商品もそれなりに並ぶわけだが雪男は出来合いのものはあまり好まない。
欲しいものも売り切れていたりして、我が家にとってはあまり効率のいいものでは無かった。
それならば休みの日のうちに一週間分の必要なものを買いこんで食材に至ってはメニューまでばっちり決めておく。
それに従って持たなそうなものは冷凍保存、弁当のおかずも同様だ。
だから金曜の夜は課題よりも先にそれらを考えながら机に齧り付く。
その光景を見ながら雪男はいつも「その集中力とやる気を勉強で生かせばいいのに」と大袈裟に溜息を吐いていた。
昨晩もお決まりのようにその溜息浴びせられて、「そのおかげでおまえはいつも好きなおかずを口にできているんだぞ」と頭の中で反復するが、今横にいる弟は兄がそんな事を考えているとは微塵も感じとってはいないらしい。


「新商品だって」


普段あまり買い物に付いてこない雪男が今日は休みだから手伝うよと自分から名乗りを上げた。
食べる事は好きなんだろうけれど、基本的にそれ以前の食材の状態に興味がないのか知識が乏しいのか。
はたまた俺がいるから興味を持とうとしないのか。
まぁ、料理スキルばかりが底辺で俺に頼っているという事実はとても気分がいいのだが。

今も新商品だと興味を抱いたのはウインナーでもなくお菓子でもなく、唯一興味を引くミネラルウォーターだった。
水には珍しく紫色の蓋の物だ。


「家にまだ在庫あんだろ」
「そうだけど、気になる」
「だめ、家にあるやつなくなったらな」


俺のゴリゴリ君だって買いだめなんかしてねーんだから贅沢だ、そう言うと雪男は口を噤んだ。
顔には出さないし、文句の一つも言わないが一瞬で目が不機嫌になった。
諦めの良さをアピールしているのかもう飲料水売り場を見てはいないが、回転数を誇る弟の頭の中はどうしたら買ってもらえるか次策を練っているのが手に取るようにわかる。
その証拠に左手が口元にスッと伸びていった。


「おまえ水ばっかり飲んであきねぇの?」
「うん」


全く俺を見ていない。
レジで会計をする今もまだ次策は浮かばないようだ。


「ていうか、水じゃ塩分が足りないよな」


買ったものをレジ袋に詰め込んで店の自動ドアを潜った時点で雪男から小さな溜息が漏れた。
店を出てしまえば諦めるしかない、とでも思ったのだろう。


「なぁ、塩分」
「塩分?」
「だから、おまえには塩分が足りてねぇって話」
「何で?」


どれだけあの新商品飲みたかったんだよ、俺の話聞いてねーじゃん。
今度の溜息は俺の方だった。
レジ袋の中身をがさがさと物色して取り出したのは雪男にとって心残りだったあのミネラルウォーターだった。


「いつカゴに入れたの!」
「ふつーに入れたよ、おまえ全然上の空だったけど」
「だって買わないって」
「欲しかったんだろ?」
「そ、そんな事ないけど」
「ウソつけ、買わないっつったら不機嫌になったくせに」


ほい、と手渡すと雪男の顔は紅潮した。
子供じゃないんだからそんなわけないと意地を張る雪男をはいはいとなだめて帰路を歩く。


「あ、そうだ」


そう言えばしえみから貰った飴が二つ、ポケットの中にあった事を思い出した。


「塩分補給な」


一つは雪男に手渡して一つは自分の口の中へと放り込む。
しえみがくれただけあって彼女らしいハーブ系の味がした。


「何味?」
「ハッカ?かな?」
「僕あんまりハッカ得意じゃないんだ」
「ん?そうだっけ?」
「そうだよ、だから一個は多い」


雪男が少し近くによって肩が触れた。
隣に視線を移すと伸びてきた手が後頭部を撫でた。
不意に唇が触れて、外だというのに雪男の舌が口内に割入ってくる。
あまりに突然な状況にただただ顔に血が上って目が回った。


何なんだ、どうしてこんな…吃驚すんだろ!


雪男の熱を蓄えた舌が名残惜しげに俺の唇を舐めて離れていく。
そんなに長い時間触れ合っていた訳でもないのに息も絶え絶えだった。


「これで塩分補給出来ただろ?」
 

雪男はいつもどおりにこりと笑って持っていたペットボトルの蓋をぱきっと開けた。

「な!」
「誰もいなかったよ?」


そう言う問題じゃねぇよ!
反論する言葉も上手く出てこなくて俺はただ上下する雪男の喉元を眺めていた。
こんなことしておいて、やたらその光景が性的に見えてくる。


「これ美味しい、兄さんも飲む?」


口の横に手を当ててからかうように「口移しで」と言う雪男が悪魔に見えた。
 

可愛いと感じれば強引さを感じるし、純粋かと思えば悪魔だったり。塩分不足も心配だがその他にも兄ちゃんは色々と心配だ。





end

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