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□dedicate
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夜中にふと目が覚めてぼんやりしたままの視界を左側に移してみるとそこにはあるはずの存在が無かった。
寄せられた肌掛けの上にはクロが丸まっていて気持ちの良さそうな寝息を立てている。
トイレにでも行っているのだろうか。
そういえば寝る前、暑いだ何だと麦茶やアイスを結構口にしていた気がする。
放っておけば帰って来るだろう、そう思うのに僕の足はベッドから降りて出入口の扉に向かっていた。


夏よりも少し手前の梅雨の夜、何時もなら少し開けた窓から虫の声が聞こえる。
でも今日は虫の声も蛙の声も聞こえない。
聞こえるのは静かに木々を濡らす雨音だけ。
僕は振り向いて窓の外を見た。
暗い外の景色に雨粒が細い糸を引いている。
ただ真っ直ぐに窓に打ち付ける事など無く降り注いでいた。


だから、
手には兄さんが洗ってくれたふかふかのタオルを用意して部屋を出た。


月明かりなど無い廊下は怖いくらいに先が見えなかった。
いくら寮に居るからと言ってもいつもなら銃を携帯するはずだが今回武器は持ち合わせていない。
今日はどこもかしこも闇に沈んでいる。
陰湿な気候と夜の帳は悪魔の好むもの。
それなのに今日は全く動きが無い。
何故かと考えたけれど理由はすぐに見当が付いた。

僕は階段を上って屋上へ向かっていた。
きっと兄さんはそこにいると思ったから。
重々しい鉄扉を静かに開き、見据えた先には両手と黒い尻尾をだらりと下げて空を仰ぐ兄さんがいた。
雨音に掻き消されて扉が開く音は聞こえなかったらしい。
こちらに気が付く様子も無くただそこに立っていた。


「…風邪引くよ」


数歩進んで、今は話し掛けない方がいいのかもしれないと思いつつもそのまま雨に濡れる兄を放っておく事など出来なかった。
びくりと肩が揺れて少し振り返る兄さんの唇は何かを堪えるように引き結ばれていた。


「戻ろう?」


数メートル離れた距離で僕は言う。
それ以上は来るなと言われそうだった。


「ほっといてくれ」


兄さんの手がぎゅっと握られてその瞬間青い焔がふわりと浮かぶ。
近くにいる悪魔が悪さをせず、姿も現さない理由は明らかだ。


「出来る訳無いだろ」


僕は持ってきたタオルを兄さんの頭に被せてわざと乱暴な手付きで濡れた髪を拭った。

まったく兄さんは、仕方が無いな。

そうやって触れてやらなくては兄さんはいつまでも孤独から抜けられない。


「こんなに冷たくなって」


一人で抱え込んで、と思うけれど人の事は言えなくてそんな所ばかり双子だなとも感じてしまう。
こうして抱え込んで落ちてしまう時、僕ならどうしてもらいたいか。
どうしてもらえたら救われるのか。
抱えている物は決して単純ではない。
だけどしてもらいたい事は簡単な事なのだ。

雨に濡れて冷え切った身体が僕の腕の熱を奪えばいい。
僕の胸の温もりが兄さんの心を温めればいい。
もしそれで僕の身体が温もりを失ったとしてもそれは本望な事なのだ。
僕はずっと兄さんに全てを捧げる為に生きてきたのだから。
そのために生まれてきたのだから。


「一人じゃないだろ」


抱き締めた腕に更に力を込めた。
兄さんの首に顔を埋めて僕を一人にしないでと願う。


「わかってるって」


兄さんの掌が僕の濡れた髪を撫でる。
労わるような優しい手付きだった。
触れた頬には暖かな雫が流れてそれを察して僕はしばらく顔を上げる事が出来なかった。


雨はしとしと降り続いていた。
これからたくさんの事を乗り越えるために今だけはもう少しこのままで。





end

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