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□はじめてのきす。
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雪男が久しぶりに映画が見たいと言った。
ならばたまには映画館に行こうと誘ったが雪男はレンタルがいいと言う。それならそれで俺は構わない。何か見たい作品があるんだろう。どんな映画が見たいのか何となくそわそわしながら狭い通路を一緒に進んだ。


「これにしようよ」


 まるでその作品がどこにあるか下調べをしてあるかのようにピタリと足が止まり、迷い無く手に取ったのは最近のものではないモノクロの洋画だった。


「何でそれ?」
「中学生になった頃、神父さんが言ってたのを思い出したんだ」
「ジジイが?何て?」


 やっぱり答えなければ良かった、そんな顔でいつものはきはきと喋る姿が形を潜めていた。周りちらちらと確認すると雪男は手を添えて俺の耳に話し掛ける。


「好きな人が出来たらその人と一緒に見たらいい、って」


 それだけ言って離れた雪男は少し赤らんだ頬でにっこりと笑った。

好きな人と言うのは、たぶん俺だ。
いや、俺だろ。

気持ちを確かめ合ってはみたものの、付き合おうとか手を繋いだりとか、そう言ったことは一切無い。今まで通りだ。あまりに普通すぎて、もしかしたらそういう意味じゃなかったのかもしれないとも思った。だけどやっぱりそうじゃない。変わった事と言えば俺を見る雪男の目がすごく優しい。それに雪男が傍に居るとすごくどきどきするから。


「うん、一緒に見るか」


 それにしてもジジイは中学生の雪男に何を吹き込んでんだ。まさか変なアレじゃねーよな。
 慌ててパッケージの隅々まで見てみたが俺の心配は無用なようだった。意外にもそれは健全な恋愛ものだ。ジジイがこんなラブストーリー的な映画を知ってた?気に入ってた?っていうのもちょっと違和感があるけれど。


「あと何本か借りるだろ?」
「うん、僕はこれが見たかったからあとは兄さんが選んで」
「いいのか?」
「うん」


 その言葉に甘えて俺は雪男の手を引いて店内を物色した。共通で好きなジャンルはコメディだからそこから一つ、俺の好きなアクションものを一つ、雪男の好きな難しそうなサスペンス物も一つ借りた。
 だが寮の部屋にはテレビが無い。雪男のパソコンで見ることになるわけだが、映画を二人で見るには辛いかもしれない。せめて寛いで見れるくらいの大きさのテレビをどこかの道楽ピエロが支給してくれたりしないものかと有り得ない妄想を膨らませた。






* * *






 デスクトップのパソコンに向かって並べた二脚の椅子にそれぞれが座って画面を見つめている。目的を持って借りに行ったのだからと最初に見ることにしたのは雪男が選んだ例の映画だった。小さなころからずっと一緒に育ってきた幼馴染があることがきっかけで恋愛対象になり、周りに反対されながらも離れられずに自分たちの思いを貫く。なかなか感情移入出来ていい映画だ。


「どこか似てるね」


組んでいた足を戻して机の端に肘を立てた。掌は顔を支えて碧い瞳が俺をじっと見つめてくる。


「僕達みたい」


画面の中の二人もまた、見つめ合いこれからについて話し合う。


「そうか?でも俺達はこんなに…」


 手を握り合う二人は身体を寄せ合って唇を寄せた。触れるだけの柔らかいキスが何度も繰り返されて俺はちょっと恥ずかしくなった。視線をどこに持って行けばいいかわからない。


「そうだね、こんなに触れ合ってはいないね」


 ふふっと笑う声が聞こえて雪男を見ると、俺とは違って恥ずかしがる様子も無く画面を見つめている。キスは続いていた。だけど、とても美しい映像だ。


「こういうの素敵だなぁ」
「…こういうキスがしたいってことか?」
「まぁ、いつかね」
「…いつか?いつかっていつだよ」
「…何怒ってるの?」


 雪男の言い方が気に入らなかった。何故今俺としたいと言わないのか。まるで俺じゃない誰かと将来するであろうキスの事を言っているようで嫌だった。今まで近くにいられるだけでふわふわとしていた気持ちが嘘みたいにきゅっと縮こまる。こんな些細なことでイラつく自分にも腹が立った。


「兄さん?」


 今、顔を見ないでほしい。
 がたがたと椅子が動いて雪男が俺のすぐ横に座りなおしたのが視界の端に映った。ちょっとでいいから、放っといてくれ。


「僕の言い方が悪かった気がする」


 見られたくないが為に机に突っ伏して丸くなった背中を雪男の掌が優しく撫でてくる。それだけで胸の当たりがじんとした。


「いつか、って言ったのは遠い未来の事じゃなくて…まだキスしたことなかったからこんなに素敵に最初から出来ないって言うか…」


 背中を撫でていた掌がするりと落ちて腰に回る。驚いたけれどその暖かさは酷く心地がいい。雪男が言いたいことはなんとなくわかるし、自分の独占欲の強さがこんなことを引き起こしたことも良くわかっている。早く謝ってしまおうかと少し顔を上げるとそこに雪男の腕がするりと巻き付いた。


「嫉妬したの?」
「し、嫉妬?誰に」
「誰かもわからない将来僕と素敵なキスするであろう人?」
「そんなわけねーだろ!」
「僕は兄さんとしかしたくないよ?ずっと先も」


 息も掛ってしまう距離でそう言った雪男の唇が俺の頬に軽く触れた。これは…たまたまぶつかっただけだろうか…。困惑しあたふたと顔を見れないでいるともう一度、今度ははっきりと触れてくる。


「こっち向いて」
「だ、だって」
「兄さんの顔を近くで見たいだけだよ、何もしないから」


何もしないなんて言葉を、この状況でなんで信じてしまったのか。
というか雪男は何もしなかった。
したのは俺の方からだ。
だってすげー好きな笑顔だったんだ。気が付いたら俺は雪男の首に手を回して引き寄せていた。映画みたいに素敵じゃなかったかもしれないけれど俺にとっては幸せな初めてのキスだったと思う。


「ああいうキスは俺としろ」
「うん」
「俺と練習して俺にしてくれ」
「何かおかしいけど…そうする」
「じゃあ、練習、もう一回…する?」


 雪男はフフッと笑って顔中にキスの雨を降らせてくる。一個一個が幸せでこうされるのも悪くない。


「ちげーよ、こっち」


 悪くないくせに唇だと我儘を言ってみたりする。仕方ないな、と微笑む雪男に手を伸ばしてそれに応えて寄せられる唇がまた幸せをくれた。







end

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