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□あなたがほしい。
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あなたがほしい。







今、目の前で俺の身体に触れる掌はやけに冷たい。

シャツのボタンは手際よく外したくせにその手は一番下まで行くとピタリと止まった。
手の動きを見ていた俺はどうしたのかと視線だけを上げると、俯いて頬を赤くし瞳を揺らす姿がある。


「...どうした?」


ハッと上げた顔はどこか幼くて、動揺しているのか戸惑っているのか。はたまた自信が無いのに走り出してしまったことを悔いているのだろうか。

壊れ物に触るように腹に置かれた冷たい掌がゆっくりとなぞっていくように辺りを撫でた。


「後悔しない?」


するりと胸まで上がった掌が同じ所を往復する度に肌の熱が上がって心臓がどくどくと五月蝿く跳ね上がる。いかにも「僕はいいけど兄さんはいいの?」とこちらに問うような言い方だ。
それなのに助けを乞うような目の色がこいつらしくて愛しかった。


「するわけねーじゃん」


だから困らないような答えを選ぶ。
俺らしくて、望んでいるだろう言葉を笑顔で言ってやればいい。
勿論俺の気持ちと合っていなければ言わないけれど。


「馬鹿だな、兄さんは」


思いやって言った言葉も、こうして望んだ言葉で返ってくるとは限らない。俺の気も知らないで馬鹿呼ばわりだ。だがこの言葉は本心で、それでいてあれこれ考えた結果なのだろう。
男同士で、しかも兄弟で。悩み処は満載で世の中に公言することも、ましてや認めてもらうことなど無理難題で。おまけに俺は青焔魔の落胤だ。


「馬鹿だってなんだっていいだろ」


俺はこいつのネクタイを引いて強引に唇を寄せた。薄く瞼を開いたままじっと碧眼を見つめると、初めは驚き見開かれていた瞳がスッと細まりやがて閉じて緩やかに口内を貪り始める。その動きはとても優しいが燃えるように触れている箇所が熱かった。胸を撫でていた掌が後頭部を支え、もう片方の掌がベッドに沈んでギッと古いスプリングが軋む。俺は男だというのに倒れていく身体は暖かい腕に支えられ優しく包まれていた。

迷いながら、だけど信念を持って突き進む雪男が好きだ。
悪魔の俺をずっと守ると誓ってくれた雪男が何よりも大事だ。
この気持ちを伝えてしまうなら俺にしか出来ないことをしてやりたい。
この先どうなったとしてもおまえより大切なものなんてない。
だから、


「雪男が、好き...だ」


言葉にして伝えるのは恥ずかしすぎるけど、


「だからだな、その...」


次の言葉が上手く出てこない。
伝えたいことは山ほどあるのに。


「えっと.........ほげっ!?」


唐突に雪男の長い腕が上半身に絡みつく。ぎゅうぎゅうと力加減を知らぬそれに更にぐえっと情けない声が漏れた。


「ホントに馬鹿じゃないの?」


こんなに抱きついてるくせに何言ってるんだ。また馬鹿呼ばわりかよ、納得がいかない。


「馬鹿馬鹿しか言えねーのかよ、俺告ってんのに」
「だって、好きだとか言われたらもう歯止めがきかないじゃないか」
「キスしといて何言ってんだよ」
「...男同士なんだよ?迷いとか...ないの?」
「だから?」
「え」
「好きなんだから仕方ねーじゃん」


思いのままにそう伝えた。
あれこれ御託を並べられて本当は俺となんかしたくないんじゃないかと考え出してしまう。


「だって俺、雪男としたい。おまえもそうだろ?」


早く答えてくれよ。
思いは俺と同じだって言ってほしい。
雪男のシャツの胸元をぎゅっと掴んで至近距離でその瞳をじっと見つめた。


「......まったく」


それはこっちの台詞だぞ。
だけど溜め息と一緒に出したその言葉の後の顔はとても幸せそうで、いつもよりも何倍も何百倍も優しい碧が俺を見つめた。


「もう、どうでもいいや」
「なんだよ、どうでもいいって」
「他がどうでもいいって思えるくらい兄さんを今抱いてしまいたいってこと」


望んでいた答えなのに、雪男が言うと途端に恥ずかしくなってしまう。カッと顔に血が上ったのを見て雪男はフフッと笑った。


「兄さん」


顔中に降ってくるキスが心地いい。もっと、もっとと俺は欲深い。触れられる度に好きだと言われているようで胸が熱くなる。


「すごく大好き」


こんなでかい図体なのに、小さかった頃に言ってくれたような言葉で気持ちを伝えてくる雪男がとても愛しかった。俺はそれに答えるように雪男の頭を抱えて何度もキスをする。肌を撫でる掌に温もりが戻って俺達の吐息は次第に上がっていった。







end


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