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□望みを叶えてください
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ささやかなパーティーだったはずなのに、食堂からは大の男が騒がしく盛り上がる声が聞こえる。仮にもここは修道院であり、そんな振る舞いは許される訳も無いが今日だけは特別だった。


「誰か窘めるやついねーのかよ」
「いないからこんな状況なんじゃない」


一応そこそこでお開きにするように言ったけど。ベッドに腰掛けた雪男は苦笑いをしてそう言った。
五月の連休が明けた十日の今日、毎年修道院の全員で獅郎の誕生日会を行っている。今年も大人たちは大いに盛り上がり、未成年の双子は付いていけなくなった時点で自室に戻っていた。


「いっつも渡せねーんだよな」
「ふふ、決まって次の日だよね」


燐の机の上には小学生が作ったのかと思わせるような紙で作った三枚綴りの券がある。それをまじまじと見つめる燐はフンと鼻から息を吐き出して頬杖をついた。


「ガキじゃねーんだからこれってどーなの?」
「いいんじゃない?神父さんがこれがいいって言うんだから。お金掛らないし」
「そーだけど」
「僕だって兄さんと大差無いよ。昔から変わらないんだから」


雪男は机の上を指差した。そこには四葉のクローバーが三枚入った小さなリボン付の小瓶がある。
記憶の断片を辿って一番古いものを思い出せば、今用意されている誕生日プレゼントと同じものを何日も前から準備していた覚えがある。最初は二人からと渡していたプレゼントも次第にそれぞれが役割を決めて用意するようになり、中学生に上がった今もそれは続いていた。


「て言うかわかってるの?」
「あぁ?」
「その券、大丈夫?」


首を傾げて何か文句があるのかとでも言いたげに睨みを利かせる燐の傍へ足を運んだ雪男は、券に綴ってあるお世辞にも綺麗とは言い難い文字を指で辿った。鉛筆で書かれた文字は少しだけぼんやりと色を濁していく。


「【何でも望みを叶えてやる券】て…」
「すげーだろ!大奮発だ!」


中学生らしからぬ溜息を吐いて眼鏡を押し上げると雪男は呆れたように見上げる燐に笑い掛けた。
去年までは確か【お手伝い券】としたものをやはり三枚綴りで渡していたように思う。それがいきなり【何でも望みを叶えてやる券】にグレードアップしたのは中学生に進級したのが主な要因だろう。


「神父さんならこれどういう風に使うかな?」
 

「何でも」と言ってしまうと神父さんはきっとそれを楽しむように無茶な事を言ってくるような気がしないでもない。言った意味がすぐにはわからなかったのかじっと雪男の顔を見上げていた燐は突然気が付いたのかさあっと顔色を悪くした。


「やっぱやめる、作り直すか…」


机の上に無造作に転がる消しゴムに手を伸ばすのと同時くらいだった。バンッと騒がしく部屋の扉が開いて仁王立ちの獅郎が姿を現したのだ。


「ちょ、ノックぐらいしろよ!」
「なにー?何か悪い事でもしてたのかー?」
「してねーよ!この酔っ払い!」
「やっとお開きですか?」
「んー、みんな潰れちまったからなぁ」
「そんなに…」


いくら飲んでもいい機会だからと言っても箍が外れてしまっている。修道士の皆だってそこそこに酒は飲めるはずだ。それなのにもう潰れてしまったとはどれだけの量を飲んだのだろう。


「燐―」


酔っているにしてはぶれない足取りで近付く獅郎は燐の手元にあった券に目を止めた。


「あれ、どうした、書き直しか?」
「いや、えっとこれは」
「おっ!今までとはちょっと違うな!なに?【何でも望みを叶えてやる券】か!さすが中学生にもなるとスケールがでかくなるもんだな!」


そうかそうかと嬉しそうに笑う獅郎に燐の頭はぐしゃぐしゃと撫で回されて半分諦めたような瞳が雪男を見た。「仕方ないね」と苦笑すると、燐は大きな溜息を吐いて手にあった三枚綴りの券を獅郎の眼前に差し出した。


「…だ、大事に使えよ」
「おお!そうする、ありがとなー燐!」
「神父さん、僕のはいつもと一緒だけど」


差し出された掌には願いの込められた四葉のクローバー入りの小瓶。言ってはいないがいつも退魔の詠唱を唱えてより強力に神父さんを守るようなお守り代わりの仕様にしていた。


「これ、効き目すげーんだよ。息子の愛は大きいってこったな!」
「今までのは処分してくださいね。前のお守りの神様が新しい神様に嫉妬して役に立たなくなると困りますから」


何も知らないでいる燐の手前、雪男はそんなことを言う。実際は詠唱の効力は少しずつ衰えることや、今回は少し違った効力をもたらすやり方をしたので以前のものは処分するように言ったのだ。
だが獅郎はそんな心配はいらないとにかっと笑う。確かにそんな心配は無用なのかもしれない。最強の聖騎士にとっては気休めの産物だ。


「んじゃ、早速」


《切り取り線》と書かれた点線に沿って紙をきつく折ると慎重に一枚目を破いて燐に手渡した。夜も更けた今、獅郎の叶えて欲しい望みとは何だろう。


「おまえら、ベットから布団を引きずり出せ。そして床に並べろ」
「「は?」」
「いいからいいから」


上機嫌に指示を出す様子はここ最近見た事の無い嬉しそうな姿でよくわからぬままに燐と雪男はそれぞれの寝床から布団を持ち寄った。言われるままに狭い床にぴったりと並べると獅郎は繋ぎ目の部分に寝転がる。


「ほれ、寝るぞ」
「俺らもう中学生だぞ」
「何でも望み叶えてくれんだろ?俺はおまえらを胸に抱きしめて眠りてーんだ!」
「あの」
「おー雪男も付き合え」
「何で僕まで…」


反抗期やそういう触れ合いが恥ずかしくなる年頃の双子はあからさまに曇った表情で獅郎の前に立ちつくしていた。二人に差し出された手がゆっくりと近付いて雪男だけが思わずその掌を握った。


「もう諦めようよ」


雪男とは対照的に手を出そうとしない燐の掌を握って雪男はそれを強めに引く。それを見た獅郎は力加減などせずにちょっと乱暴だとも思える力で強引に二人を胸に抱き締めた。


「うわっ、酒くせー!髭!ざりざりすんな!」
「まったく燐はうるせーな」
「神父さん、髭本当に痛いです」
「なんだよ、雪男まで」


獅郎の腕の中は暖かかった。本当に小さかった頃、思い切り抱き締めてくれる父が大好きでよく自分達から抱き付いていったというのに今ではそんなことはまるでなくなってしまった。獅郎の立場なら自分達の成長を微笑ましく見守っていく裏で少しの寂しさも感じていたのかもしれない。そう考えるとこんな時だからこそ、獅郎からの望みだからこそ、昔のように甘えてしまってもいいのではないだろうか。それでも雪男の腕は素直に獅郎に触れられない。


「俺、幸せだなぁ」


小さく呟いた声に、二人で抱きしめられた腕の中から見上げた獅郎の顔は父親の顔だった。神父でも祓魔師でもない父親の笑みだった。


「ったく、しょうがねーオヤジだな」


燐の腕が雪男の身体ごと二人を抱きしめる。それに誘われて雪男の掌も獅郎の胸元を掴んでいた。
 鼻先にある二人の髪が動くたびに獅郎を擽る。数年前まではこんなにでかくなかったのになとそれぞれの髪に触れた。




自分にこんなに素晴らしい幸せはいらない。
だから。


──俺の望みを叶えてください。






end

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