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□To near
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※暗いです!要注意!大丈夫な方だけどうぞ↓↓↓









深青な闇にポツンと置かれた飾り気の無い椅子。部屋には豪華な装飾が施された調度品が沢山有るというのにそれだけがその雰囲気に馴染まずにそこに座る存在を浮かび上がらせていた。
椅子と同じ様に一枚布の質素な着衣は彼が囚人かなにかのようにも見えさせている。
目には見えないがその白い足首には足枷が填まり、細い手首には鎖が巻かれているかのように彼に自由は見て取れなかった。
無惨に羽をもぎ取られた天使のような出で立ちに彼の心の内が溢れていた。

ここには物質界にあるような月は存在しない。闇を照らす光などない。
あるのは淀んだ空気とどこまでも続く深淵。
一歩踏み出せば弱い者は強い者にすがり付くしかない世界。
生きることに希望を見出だせない世界。
今ここで椅子に座って霧の立ち込める窓の外を眺める燐にとっては、ただある長い生に絶望を抱いてしまった世界だ。
生きる色を無くした青い瞳は本来持っていたはずの美しさも生きる強さも失い、焦点が合わぬようにぼんやりと一点を見つめている。
どんなに声を掛けてもどんなに価値のあるものを与えてもそこから彼はピクリとも動かなかった。

「何を考えているのです?」

定時になるとどこからともなく現れる存在が手身近にあるテーブルにかちゃりと紅茶を置いた。勿論燐が反応を見せるはずもなく、半分閉じた瞼は瞬きすら忘れてしまったようだった。

「聞かなくともわかっていますがね」

靴音をさせながらパチンと指を鳴らして燐の真横に現れた上質な椅子に腰を下ろすとそのまま細くなってしまった腰に腕を回した。顔を近くに寄せてその瞳をためらいなく覗き込むと今まで反応を見せなかった燐が目を見開いて身体に炎を纏わせる。

「こんなに誰かが近くに来るのは久し振りですよね?」

青い炎は一回り大きく火を噴いた。

「こんなものじゃ私は殺せませんよ」

怒りをあらわにする唇に無遠慮に手袋をした指が触れた。愛しいものに大事に触れるようにその手つきは穏やかだ。

「ほら、思い出すでしょう?彼はいつもこうしていた」

初めは人差し指で、そして中指薬指が増えて、そのうちにそれらの指は頬に流れて親指の指の腹が唇の端からゆるりと優しく撫でていく。それが燐が愛した人の口付けをする前に必ずする癖だった。

「......やめろ」
「彼の特権だったとでも?」
「......やめてくれ」
「私も貴方を愛しているのですよ」
「......離れろ」

溢れ出ていた炎は鋭い切っ先に形を変えて自らの首に当てられた。

「またですか」
「あいつの話をするな」
「もう忘れるべきです」
「......放っておけよ」

悪魔だからこその執着なのか。
人間だからこその弱さなのか。
今ここにない大きな存在が遠いところから今だに燐をがんじがらめに縛り付けている。絡まり合って縺れ合ってほどける様子などまるで無い。より絡んで食い込んでいくように、その命さえも奪うほどに。

「今度こそ、雪男に」

右手に左手が重なり、その両の手に力が込められて燐は優しく笑った。それは昔彼が見せていたような無邪気で屈託のない笑顔。

青い炎の鋭い先端はもう見えなかった。
貫いた首からは夥しい鮮血が次々に溢れてその血の量と反比例するように炎はどんどん小さくなっていく。
前のめりに倒れた燐の着衣が真っ赤に染まる。かつて彼の恋人が倒れたときのようにその色はその人を染め上げる。



これでやっと、逢える、な。



血濡れた指先は血の海に沈んだ。
それを見届けて手袋をした指がその血液を吸い、その赤で燐の唇を昔彼がしたのと同じ様に濡らしてやる。
報われない愛ほど二人の気持ちは高まるのかもしれない。だが、私には理解不能だとその場から立ち去る瞳には少しの色も写しはしなかった。






end

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