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□闇から光へ
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いつもの夜と変わらない静かな夜だ。
もうすぐ12月27日が終わろうとする頃、外はちらちらと雪が舞い始めた。
古い建物は立て付けもそれなりで、僅かな隙間から入ってくる冷たい空気が窓際で机に向かう身体にまとわり付く。最近の深夜は特に寒さが厳しくて、日付が変わる頃までしか机に向かうことが出来ないでいた。何枚かある報告書と祓魔屋での買い物リストを作成し、ふぅと一息付いてから置いてあったマグカップのコーヒーを口に運んだ。数十分前に兄さんが持ってきてくれた温もりは完全に無くなっていて、喉を流れていく液体が余計に身体を冷やしてふるりと身を震わせた。

「......寒いな」

ぼそりと呟いた言葉が余計に身に染みた。冷たいコーヒーはやけに自分を孤独に追いやるようだった。


夕方に差し掛かる前、
塾生の皆が冬休み中にも関わらずわざわざこの寮を訪れてくれたらしい。プレゼントやそれぞれに持ち寄った手作りの料理や飲み物で誕生日を祝ってくれたそうだ。僕は急な任務でみんなと入れ違いに寮を出てしまったから会えず終いになってしまったのだけど、兄さんは僕が帰ってきてすぐに本当に嬉しそうにあったことを話してくれた。すぐに机に向かってしまった僕の横に自分の椅子を持ってきて、身振り手振りで尻尾もゆらゆらと揺らしながらとても楽しそうに話していた。

そんな姿を見て僕も嬉しく思っていたし、どこかでほっとしていた。今までの兄さんは周りに馴染めず理解されずに孤独に浸っていたから。


眼鏡を押し上げて眉間を揉みながらスタンドライトの明かりを消した。冷えた空気が床の温度も奪っていて靴下越しでも足の裏側をひんやりと固まらせる。音を立てぬように立ち上がり、眠っている兄さんのベッドに近づいてその脇の冷たい床に膝を付いて安らかな顔をじっと眺めた。


修道院にいた頃、僕は時々懺悔室に身を置いた。神父さんがそこにいないのを見計らって夜中にこっそり起き出して小さな囲われたスペースに足を運んだ。行いを告白する勇気もなかった僕は、抱える色んな思いが溢れそうになっては毛布を持ち込んでそこにいることで何か許されるような気になっていた。
兄さんが青焔魔の血を引いていることを知って、神の存在を疑ってからだってそれを続けた。僕は神の存在を信じて神にすがっていた訳じゃない。助けてくれと願っていたわけじゃない。ただ、逃げる場所が欲しかっただけなんだ。

だから修道院を出てから、神とは違う存在の兄のいる場所を懺悔の場所に選んだ。一年に一回、僕らが生まれてしまった始まりの日に僕はそこに逃げ込むのだ。
何も言わない、何も語らない。
ただそこで時間が過ぎるのを待つ、それだけ。

時計の針がカチ、カチと耳に付く。
たぶんあと数分で日付が変わるだろう。世界が脅かされ始めた僕らの生まれた日が終わろうとしている。

「そんな顔すんな」

とても優しげな声だった。
急に掛けられた声だったのに驚くことも無く、逆に胸が苦しくなる。

「起こしちゃった?」
「いや、最初っから寝てねぇよ」

暗がりの中で光を蓄える青い瞳は声音とは違って強く僕を見ていた。

「何で寝てないの?」
「待ってたんだよ、おまえ忙しそうだったから」
「.....待ってた?」

横向きにこちらを見ていた布団がごそごそと動いて掛かっていた布団がばさりと浮いた。身体を起こして既に寝癖のついた頭を掻き回して言い辛そうにもごもごと言葉を吐いた。

「俺、お前にまだ言ってないから」
「...おめでとう、とか言うの?」
「......」
「僕らが生まれて一緒に災いが生まれた日だ。おめでたくなんかないんだよ、これからもずっと」

そんなこと言いたくない。傷付くのは僕だけで十分だと思っているのに、安易に祝おうとする兄さんが嫌だった。

「そうだな、おめでとうは違うのかもな...じゃあ別の言葉にする」
「......なんだよそれ」
「ありがとな」

俺なんかを守ろうとしてくれて。
俺なんかと双子に生まれてくれて。

続く言葉と一緒に暖かな手が僕の頬をするりと撫でた。
何故こんなに無垢なこの人が悪魔で僕が人間なのだろうか。何故この人はこんなに暖かくて僕は冷たいのだろうか。
何より安易に不幸を嘆いているのは、「僕」だった。

僕はずっと自分の生まれてきた意味を探していた。見つけ出した答えは「兄さんを守るために生まれてきた」ということ。それが僕の天命だと思い続けてきた。だけどこうして前向きに生きようとする兄さんを目の当たりにするたびに少し違った思いが浮かんできたりもする。僕の出した答えは間違っているのかもしれない。

「僕は自分の意思で兄さんの傍にいる」

だからありがとうなんていらないよ。
その代わりにずっと近くにいさせて。

心の中で言った言葉なのに兄さんは笑って頷いた。
僕はあまり言わないわがままを言った。寒いからそこに入れてと強引に狭いベッドに滑り込んで傍にある暖かな掌に触れた。そこから闇が晴れていくように僕の中の色が変わる。漆黒から明るい日の光の色に変わる。居心地のいい暖かさに瞼が重くなり意識が途切れる間際に一番欲しかった言葉が聞こえたような気がした。

日付が変わる23時59分、幸せそうな二人分の寝息が小さく重なった。





I hope the happiness of twins.
Happy birthday! RIN&YUKIO!

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