memorial

□リトルブラザー
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メフィストが消えた後、そちらを向いていた小さな顔がくるりと此方を向いた。雪男も俺もどうしていいかわからずにただじっと見つめ合うしかない。


「にいさん」


小さな唇が開いて可愛らしい声が俺を呼ぶ。自分の弟ながら...めちゃめちゃ可愛い。


「ん?何だ?腹減ったのか?トイレか?」


雪男はぶんぶんと顔を横に降って目蓋を片手でぐりぐりと擦り出した。


「...ねむい」


時計を見ればまだ5時を少し回ったところ。小さくなる前は任務だってこなしていただろうし、こんな小さな子供の身体じゃこの時間起きているのは辛いだろう。


「一緒に寝るか?」

「うん」


小さな体でベッドによじ登って掛け布団の隙間から入ってくる。俺の胸の辺りまで来ると見上げてきた顔は泣きそうな顔で、申し訳なさそうに言葉を口にする。


「ごめんね、こんなことになって」

「いや、ちっちぇーのにはビックリしたけどおまえが無事で良かったよ」

「しばらくめいわく、かけそ...だけ、ど...」


話している間にすうすうと寝息が聞こえてくる。


「寝るの早っ」


子供の寝顔は天使のようだってよく言うけど本当にそうだなとその寝顔を眺めた。柔らかい髪の毛を撫でて小さな身体を壊れ物を扱うように優しく抱き締めると、俺の胸に当てられた小さな手のひらはしっかり服を掴んでくる。

こんなに小さくなってしまって、メフィストはああ言っていたけどもとに戻れる確証はないし、現に常備薬のあるものでないところをみると普段では受けることのない魔障だろう。今までの記憶だって早い対応がなければ消えてしまうかもしれない。
覚えていたくない記憶も、忘れたくない記憶も。

不安だろうに。
もっと甘えてもいいのに。
でもそれをしようとしない。小さくてもやっぱり雪男だ。
俺が守ってやらなきゃ。 

俺にぴったりくっついて伝わる暖かさに誘われて俺も目蓋を閉じた。






******






今、何時だろう。
胸元でもぞもぞと動く小さな身体。
俺には珍しく寝相が良かったようで小さな雪男はまだ俺の腕の中にいた。
ゆっくり覚醒していく脳内。でも目はしっかりと小さな頭を見ていた。


「......」


抱き締めていた片方の手でその頭に触れみる。小さな子特有の甘い匂いがしたような気がした。
ゆっくりと顔が上を向き落ち着かない瞳に俺が写る。


「起きてたのか?」

「...うん」


雪男はむくりと起き上がってそわそわと何か言いたげだ。
...もしかしたら。


「あー、俺トイレ行くけど一緒に行くか?」

「......うん」


子供の頃の雪男と言えば、ひ弱で言いたいことも言えなくて泣き虫でいつも目が離せなかった。生まれた時に俺から魔障を受けたのだからそんなふうに弱く見えていたのも当たり前だ。

小さくなってしまった雪男の目から見える世界は悪魔に怯えた記憶を甦らせてしまっているのかもしれない。

一緒に歩くトイレまでの距離ですら俺の後ろにぴったりとくっついてくる。


「今日はおまえのおかげで学校と塾、どっちも休めてラッキーだったなー」 


努めて明るく振る舞えば子供らしからぬ顔でじろりと睨まれた。


「べんきょうしないつもり?」

「おまえの面倒見なきゃなんねぇだろ?」

「じゃあぼくはにいさんのべんきょうみてあげる」

「げ!」

「げ!じゃないでしょ。ぼくがいそがしくていないのをいいことにさいきんさぼりぎみだよね」

「こんなちっこいのに勉強みてもらうなんてやだ!」

「だれもみてないよ」

「俺のプライドの問題だ!」

「そんなのさいしょからないからだいじょうぶ」

「...見た目は幼児なのに中身はいつもの雪男って、...なんか残念だな」

「......」

「......いでっ!!!」


ぎゅっと俺の手をつねって走っていく。くるりと振り返る笑顔は昔見た弟の笑顔だった。無邪気に振る舞う姿にいつも雪男がするようにため息をついてから後を追いかけた。






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