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□面影
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食事を終えてからクロは日課の夜の散歩に出掛けてしまって今は部屋に一人きり。

一日のうちに僅かしかない一人の時間を満喫しようと課題も鞄から出さないままベッドに寝転んで雪男の机から勝手に拝借したSQをパラパラと捲る。
......なのになかなか内容が頭に入ってこなくて開いたままのSQを顔の上に乗せた。

確かこっち側にあったはずと壁側の手足をばたつかせて柔らかな布地のものを手に取ると足も絡ませてぎゅうっと抱き締めた。

ぼんやりとその状態のままどのくらいたっただろう。

キィとドアが開く音が聞こえた。


「役にたってるんだね、抱き枕」


がばりと身体を起こすと雪男と雪男の肩に乗ったクロがニヤニヤと此方を見ている。



「一人で寂しくなっちゃった?」

「んなわけねぇだろ!眠かっただけだっ!」

「へぇ」

「そ、その目やめろ!!」


クスクスと笑う雪男は机に重そうな鞄を置いて一息ついた。


「珍しく仲いいんだな。帰りも一緒だったのか?」

「うん、途中でたまたま一緒になったんだよ。いきなり後ろから飛び付かれたから驚いたよ」


肩に乗っていたクロがすとんと床に降りて自分の方に歩いてくる 。


『あのね、りんっ!』

「んー?なんだ?」


珍しく膝の上に立ち上がって顔を近付けてくるクロは何だか興奮しているようだ。


『ゆきおのうしろすがたみてみろっ!』

「あ?何か面白ぇのか?」

『ちがうっ、しろうににてるんだ!』


バッと顔をあげるとコートを脱ごうとする後ろ姿。
いつもの見慣れたそれは大きくて広くて逞しい。そういう点では一緒かもしれないが、いまいちジジイとは重ならない。


『おれ、くらいところでみたからかも』


首を捻ってうーんと唸っている俺を見てクロはそう呟く。


「雪男、ちょっとコートそのままで後ろ向け」

「は?」


ドアの横にある電気をパチンと消して訳がわからないと眉間に皺を寄せる雪男を無理やり窓に向かせる。
月の光が雪男の後ろ姿を浮かび上がらせて髪を銀色に輝かせる。


「まぁ、ちょっとは似てんのかな。でも飛び付くほどじゃねぇんじゃね?」

『えー、すごく似てるのに!なんでりんにはわかんないんだ?』

「ねぇ、なんで僕だけおいてけぼり?誰に似てるの?」

「おいっ、こっち向くな!まだそっち向いてろ」

「まったく何なんだ......」


雪男の後ろで右から左から終いにはドアを開けた外からも眺めてみたがクロの言うような状況には至らなかった。


「ねぇ、もういい?僕仕事があるんだけど」

「ちょ、ちょっと待て。あと三分」


三分で何ができるのかと言わんばかりに雪男は溜め息をつく。


『ああぁぁぁぁっ!りん、りんっ!』

「俺にはおまえの感覚がわかんねぇよ」

『わかった、わかったぞ!』

「なにが?」

『ちょっと、しゃがんで』


まだこの挑戦に挑み続けなくてはならないのかとクロの言う通りにクロの横にしゃがんでみる。


『ほらっ、しろうににてる!』


クロの目線にあわせて雪男の方に視線を向けて驚いた。


黒く長いシルエットに銀色に光る髪。
月光に反射する眼鏡が顔の造りをぼやけさせて口元はうまい具合にコートの襟に隠れている。まるで獅郎が振り返っているようだ。

言葉も出せずに思わず息を呑むとそれに気づいた雪男が少し考えて口を開いた。


「もう、いい加減にしてよ。そうやって課題もやらないでクロと遊んでばっかりいないでさ......」


嗚呼、やっぱり醸す言葉は雪男だな。
初めてこんな似てるって思ったけど...


「少しは成長の程をみせてよ」


声は違えど重なった。
ジジイの最後の日となったあの日に掛けられた言葉。

俺は何も見せられなかった。
見せてやれなかった。
ジジイが喜んでくれるような姿を、ひとつも。

沈んでいた想いがまた沸々と沸き上がってどうしようもなく胸が締め付けられる。


「兄さん?」『りん?』


かける声に答えられずに呆然とただ拳を握りしめた。

いつの間にか座り込む自分の目線に合わせた位置で雪男もしゃがみこんでいて首を傾げる様子にはもう獅郎の面影は無かった。


「おまえ、ジジイに似てんだな」

「それで後ろ姿?」

「おぅ。クロが言ってた」

「そっか......僕の背中が神父さんに似てて兄さんまで飛び付きたくなった?」

「ばっ、んなわけあるかっ!」

「飛び付いてもいいよ。抱き付くでもいいけど」


雪男は困ったように笑って俺の両頬に手を添えた。


「そんな悲しそうな顔しないでよ」

「悲しそう...?」

「うん、すごく」


フワリと馴れた香りが身体を包む。
雪男の匂い。
ジジイとも似た匂い。
小さい頃、よく暴れては抱き締めてくれたっけ。抱き締められて人の温もりを感じると不思議とそれまでの渦巻く憎悪は収まったものだった。


「おまえが抱き付いてんじゃねーか」

「そうだね。兄さんが神父さんに似てるからかな」

「げっ!?似てねぇだろ?」

「「げっ」って...似てるよ、性格」

「ぜってー似てねぇ!!」


雪男の腕の中でじたばたと暴れる俺をじっと見つめる視線を感じてそっちに顔を向けると不思議そうに首を傾げた。


『りんはしろうににてるのはいやなのか?』

「嫌だ」

『しろうがきらいか?』

「き...嫌いじゃ、......ねぇ」

『じゃあすきなのか?』

「う...」


真っ直ぐな猫又に問いただされて真っ直ぐな答えがなかなか言えない俺はしどろもどろだ。


「ねぇ、クロなんて?」

「な、何でもねぇよ」

『りん、ゆきおにもおしえてやれ』

「いいんだ!きっと笑われ...」


しまったと雪男の顔を見ればニヤリと口角を上げて楽しそうに見下ろされた。


「大体わかったよ。神父さんが嫌いかって聞かれたんじゃない?」

『ゆきおってすごいな!さすがせんせーだなっ!』


尻尾を左右にブンブンと振るクロの頭を撫でて「当たったみたいだね」と呟くと
雪男は口元に手を当ててククッと笑い出した。

くそっ。
なんで俺だけ追い込まれてんだ。


『おれはしろうもりんもゆきおもだいすきだぞ』

「僕は神父さんが好きだったよ」


で、兄さんはどうなの?
って顔で思いっきり見つめられても...。


「そういう素直じゃない所もそっくりだと思うけど」

「おまえが素直すぎるだけだろーが」

「素直じゃないのは認めるんだ」

「いっちいち......この素直眼鏡っ!」

「それ褒められてるみたいになってるよ」


最後の下りを聞いたところでクロの身体が僅かに震えだす。
『やっぱりゆきおにはかてないんだ』と小さく呟きながら笑うものだから使い魔の主としては面白くない。


「くっそ...」

「まぁ、いいじゃない。久し振りにアルバムでも見てみる?」

『あるばむってなに?』

「昔の写真だよ」

「クロは見るの初めてだよね」


雪男は本棚の一番人気隅に置いてあったアルバムに手を伸ばして自分の机の椅子に座った。俺とクロが一緒にそこへ足を向けると最初のページをゆっくりと開く。


『うわー、ちっちゃいな!これりんとゆきおなのか?』

「そーだぞ。カワイイだろ?」

『うんっ、ゆきおかわいい!りんはわるがきっぽい』

「おいっ!」



悪気の無いクロの答えに雪男は笑いをこらえて次のページをめくると、そこには若いジジイの姿があった。

俺たちが幼稚園の頃だろうか。
修道院の前で撮った一枚。


「ピースなんてしてるぜ」

『しろう、たのしそうにわらってる』

「あぁ、全部笑ってるな」


次を捲ってもその次のページでも、ジジイは笑ってた。
本当の息子たちに向ける愛情溢れる表情で。


「...ちょっと嬉しかったよ」


雪男の手がクロのあたまを優しく撫でる。


「神父さんに似てるって初めて言われたから」

「そうか...」

「兄さんだってそう言われて嬉しいはずだよ。自慢の父親でしょ?」

「...どうだかなー」


やっぱり素直じゃない。
こうやって維持を張るところなんかはそっくりだと内心は思っていた。
そんな胸のうちを知っているから雪男はまた小さく笑う。

その姿をまた焼き付けておきたくてアルバムの中のジジイに心の中で語り掛ける。


もっとジジイに近付けるように努力するから。
見ててくれ、と。




end

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