静臨

□春の嵐
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花散らしになるかと思われた雨にも耐えた桜が、今日も街を明るい色に染める。
夜になれば街灯や月明かりに照らされ、またその顔を変える。
今日の仕事を終えた静雄は、そんな街中の桜を見上げながらガードレールに凭れる様にして腰掛け、一服をしていた。

春は好きだ。
軽装になった人々が行き交い、俄に街が活気付く。
それに、このバーテン服にも優しい季節だ。

しかし、新入生という物を思い出させる事だけは、静雄に暗い陰を落とす。
奴に、この世で一番大嫌いな奴に出会ったのが、この季節だからだ。

全く、奴に出会ってからはムカつく事ばかりだ。
奴は何だってこう、人の神経を逆撫でする様な事をするのだろう。
この間だって……

「シーズちゃん」
「っ…」

突然声を掛けられ、静雄は驚いて息を詰まらせた。
声の主は見ないでも判る。
それに、静雄に対してそんなふざけた呼び方をするのは、一人しか居ない。

驚いている理由は、急に声を掛けられたからでは無い。
自分に。
自分が、奴がこんな近くに来るまで気付かずに居た何て。
普段なら、昼夜問わず奴が池袋界隈に近付いただけで気付くのに。
不穏な空気を齎す、折原臨也の気配を。

「なーに、その顔」

依然として、渋い顔をしている静雄。
そんな彼の前に立ち、臨也はニコニコと笑みを浮かべている。

「ほら」
「っ…何だよ」

笑みを浮かべたまま、臨也は缶ビールを投げて寄越した。
思わず受け取ってしまった静雄。

「一人で花見は寂しいだろ?」
「だからって手前と何か…」
「まぁまぁ、はい、乾杯」
「………」

プシュッと開けた缶を静雄の持っている缶にカツンとぶつけ、自分もガードレールに凭れて飲み始める臨也。
ゴクゴクと喉を鳴らし、桜を見上げながらフゥと息を吐く。

いつも毬み合っている奴と、何故桜を見ながらビールを飲む事になっているのだろう。
いつもは自分から見付けて突進して行くのに、今日は逆だったから調子が狂ってしまったのか。
そんな静雄の心情を知ってか知らずか、臨也は暢気にビールを飲み進めている。

臨也のペースに巻き込まれている事が少々引っ掛かるが、まぁたまには良いか、と静雄も手にしていたビールを開ける事にした。
煙草を携帯灰皿に入れ、プルタブに指を掛ける。
…が。

−プシュューッッッ−

「なあぁっっ…てんめぇ…」

臨也のビールは軽く炭酸が抜ける音がしただけだったが、静雄の物は派手な音と共に白い泡が噴き出し、持っていた手を濡らして行く。
反射的に避けたが、服にも少し掛かってしまった様だ。
静雄の眉間に皺が寄り、額に血管が浮き出て来る。

「あぁ、さっき、ちょっと振っちゃった」
「…手前、やっぱり喧嘩売りに来たのかぁ?」
「違うって、楽しみに来たんだよ」

そうは言った物の、静雄の怒りが静まる様子は無い。

「ほら、俺達が出会った記念の季節だし?」
「その出会いが無かったらもっと良い季節なんだけどなぁっ」

今にも缶を握り潰しそうな勢いで、静雄の手がワナワナと震え始める。
それを見て、今日はここまでかな、と思った臨也は、飲み干した自分の空の缶を静雄の足元に置いた。

そして。
臨也は立ち上がり様に、微かに唇を合わせた。
それはほんの一瞬の事で、静雄が気付いた時には臨也は二歩三歩とゆらゆらとした足取りで後ろへと移動を始めていた。

混乱する静雄。
今、確かに…。

「っ…何、して…」
「はは、シズちゃん間抜け面ー」

質問には答えず、依然としてニコニコと笑みを見せている臨也。
頭の整理が付かず、静雄は言葉を続ける事が出来ない。

「ゴミ、捨てといてね、じゃ」
「なっ、おい、待ちやがれ」
「楽しかったよー」
「聞いてんのかよ、おいっ」

咄嗟に臨也の置いた空の缶を持ち、追い掛けようとした静雄。
しかし、自分の方の缶には、未だ中身が入っている。
そんな缶を持って追い掛けても、距離を詰める事は出来ないだろう。

缶ビール1本とはいえ、あんな奴に奢られ、後で何かのネタにされても困る。
このまま捨ててしまおうかとも思ったが、口に出来る物を捨てる事も気が引ける。
と、そんな事を考えている間に、臨也の姿はもう見えなくなっていた。

「ったく…」

疲れがドッと押し寄せ、深い溜息と共に頭垂れた静雄。
奴に限っては、何がしたいのかが未だに全然理解が出来ない。

人の事を掻き乱しやがって。
一体、何が楽しんだか。

「俺は全然楽しくなんかねぇよ…」

嵐が去って、残された静雄は暫し呆然としていた。
唇の感触が、未だ残っている。
そして、深層で何かがグルグルと渦巻いている。

人の気持ちも少しは考えろと教えてやりたい。
そんな事を思いつつ、静雄は少し量の減ってしまったビールを一気に煽った。




end.

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