四木臨

□訪問者
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不意にインターフォンが鳴り、臨也は時計を確認しつつ眉を寄せた。
波江が帰ってから、既に数十分が経っている。
忘れ物だろうか。
しかし彼女ならば、チャイムを鳴らさずとも中に入れる。

今日のアポイントメントはもう無い筈。
そう思いつつモニターの映像を確認した臨也。

「おやまぁ…」

意外な訪問者に、臨也は小さく声を漏らした。



「珍しいですね、どうしたんです?あ、言っときますけど、ウチ禁煙なんで」
「解っているよ」

ロックを解除し迎え入れた人物にソファーを勧め、臨也はテーブルに紅茶を置いた。
同時に抱く、違和感。

「一人で来たんですか?」
「何だ、道中を心配してくれたのか?」
「違いますよ、その白いスーツで出入りされては流石に目立つと思っただけです」
「はは、全身白ずくめのガスマスクよりはマシだろう」
「………」
「そう睨むな。ちょっと耳にしただけだ。来る時は車で来たし、帰りはタクシーを呼ぶ」

睨んだつもりは無かったが、そう言われて少々眉を寄せた臨也。
結果として睨む形になってしまい、少し不服気に息を吐いた。

改めて、訪問者である男、四木を見た臨也。
そこで、先程の違和感の訳が解った。

「四木さんがガムとは珍しいですね」
「此処が禁煙なのは知っているからね」

成程、と納得をする。
紫煙を燻らせている姿は良く見るが、ガムを噛んでいる姿はあまり見た事が無い。
気を遣っての事、だろうか。
そんな事を思っていた臨也に、四木は隣へ座る様にとソファーへ手を置いた。

「で、どうしたんですか?」
「久々に顔が見たくなってね。君は池袋に来ても追い掛けっこばかりで、ウチには顔を見せないからねぇ」
「気軽に出入り出来る様な所じゃ無いでしょう。それに、これでも忙しい身なので…って、好きで追い掛けっこしてる訳じゃ無いんですけど」

拒む理由も無い為、素直に隣に腰を下ろした臨也。
漂って来る、酒の匂い。
そういえば、いつもは鋭い視線が、今は威力を弱めている。

「酔ってます?」
「あぁ…少しな」

そう言って少し頬を緩める四木に、臨也はどうした物かと思案する。
酔いを醒ます為に、世間話でもしに来たのか?

「ガム、俺にも貰えます?」
「…あぁ」

そう言って臨也との距離を詰める四木。
そんなに近寄らなくても、ガム位手を伸ばさなくても渡せる距離なのに。
不審に思う臨也。
と同時に肩に手を回される。

「んっ…」

何事かと問う前に、唇が合わされた。
そして何かを舌で押し込まれ、臨也は身を強張らせながら四木のスーツを掴んだ。

押し込まれた物を押し返そうと試みたが、四木の舌は巧みに蠢き、上手く行かない。
その間にも四木は臨也の舌に絡み付き、唾液も送り込んで行く。
四木が臨也を解放したのは、ひとしきり唇を堪能した後だった。

「っ……あの…俺は新しいのが欲しかったんですけど」
「はは、生憎、最後の一枚だった物でね」

自分の噛んでいたガムを臨也へと押し付け、満足気に離れて行った四木。
一方の臨也は、嘘吐け、と思いつつ、キスで上がった息を整えながらこの上無い程心底嫌そうな表情を浮かべていた。

「君のそんな顔が拝めるとは、来た甲斐があったな」
「何です?嫌がらせに来たんですか?」
「言っただろう、君の顔が見たくなったと」
「全く、煙草の代わりにガムを用意して来たとはまた懇切な人だと思ったんですが…思った俺が馬鹿でした」
「随分な言われ様だな。こちらの世界の事を細かく教えてやったと言うのに」
「そんなに細かくじゃなかったでしょう。最初の足掛かりだけだった筈では?まぁ感謝してますが、その恩はもう充分返した筈です…って、ホントに味がしません」

クツクツと笑う四木をチラリと見遣り、全くと言って良い程味のしないガムに臨也は深い溜息を吐いた。
確かに以前、四木には随分世話になった。
趣味の一環だった情報収集と言う物を、価値のある商品としての扱い方を示唆してくれたのは四木だ。
感謝はしているし、今でも一目置いているのも事実。
しかし、今日のは何だ?

「さて、用も済んだし、帰るとするか」
「え、用って…」
「だから、何度も言わせるな」
「…はぁ…」

本当に顔を見に来ただけなのか。
それだけの為に、わざわざ新宿まで来るのか。
時間と労力の無駄だと思いつつも、当の本人は至って満足気だ。

「じゃあな、あぁ、タクシーは自分で呼ぶから」
「はぁ」

残りの紅茶を飲み干し、そう言って立ち上がった四木。
対して臨也の方は、置いて行かれた様な感覚に襲われる。
いつも能動的な分、受動的なのは性に合わない。

「全く…」

ご機嫌で去って行く後ろ姿を見送りながら、臨也はガムをティッシュに出し、溜息と共にごみ箱に投げ捨てた。




end.

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