帝臨

□方策
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あの人は、都会の暮らしは半年で慣れるし、非日常も三日もすれば日常に変わると言った。
確かにそうかもしれない。
しかし、今迄の生活に比べれば、此処での暮らしは刺激的な事には変わりない。
何より、手に入れてみたいモノを見付けられたのだから。



「すみません、何も無くて」
「いや、気にしないで良いよ」

ボロアパートの一室。
この部屋の住人に促され畳の上に腰を下ろした臨也は、出されたアイスコーヒーに口を付けた。

下校時、臨也にバッタリ会った帝人。
もしかしたら以前の様に待ち伏せされていたのかもしれないが、それはそれで好都合。
静雄に見付からないうちに、と帝人は臨也を家に誘った。
臨也も何の疑いも無く素直に応じ、帝人は予てからの計画を実行に移そうと静かに口元を上げていた。

普段、飲み物といえば専らミネラルウォーターの帝人。
たまに来る者と言えば正臣位な物で、特に客人用の飲み物等常備していない。
その為、帰りがけにコンビニで買ったアイスコーヒー。
それを帝人はコンロ脇のスペースでコップに注いだ。
臨也に背を向けて。
普段グラス等使わない帝人だが、これもこの為にわざわざ購入した物。

「わざわざ買わなくても良かったのに」
「紙コップですみません。それに、自分から誘ったのに水じゃあ…」

殺風景な部屋には、パソコンしかない。
そんな部屋に招くのも気が引けるのに、出せる物が水のみとは、味気無さ過ぎる。
それに、水では少々不安な事もあった。

コップに注がれたアイスコーヒーを半分以上飲んだ臨也。
今日は気温も高かった事もあり、かなり喉が渇いている様子。
注ぎ足すと、臨也はまたゴクゴクとそれを流し込んだ。

何もかも、好都合。
そう思いつつ、自分もアイスコーヒーを飲む帝人。

「で、相談て何?ダラーズの事?」
「はい。やっぱり、規律も何も無いってのは良くないかなと思って。でも、管理って言ってもどうすれば良いか解らなくて」

今や、何人いるのか解らない位に巨大化してしまったダラーズ。
今現在、全く収集が付かない訳でも無いが、どうにかした方が良いのは事実。
創始者は帝人だが、ここまでにしたのは臨也だ。
臨也にも、責任があるといえば、ある。
それを感じてか、臨也も「うーん」と唸りつつ、腕を組んだ。

「先ず、ルールは決めておいた方が良い。これだけの人数がいるのに、今迄何も問題が起こらなかったのが奇跡だよ」
「そう、ですね」
「あと…っ、ね、アイスコーヒーお替わり貰っても良いかな」
「はい、今日暑いですしね。スイマセン、エアコンとか無くて」

もう背を向けて注ぐ必要は無い。
帝人は臨也の眼の前で、コップにアイスコーヒーを注ぎ足した。

注いでも注いでも、臨也のグラスがすぐ空になる。
しかし、いくら水分を取っても喉は潤わない様子。
それ所か、息は上がり、頬も上気し始めている。

「臨也さん?」
「あぁ…何か、暑いな…」

ニヤリ。
少年の眼がスイと細くなり、口角が上がる。
そんな帝人の変化に気付ける程、今の臨也に余裕は無かった。

「大丈夫ですか?コート、脱いだらどうです?」
「…あぁ、そうだね」
「あ、どうぞ、そのまま座ってて下さい」

コートを脱ぐのを手伝う為、立ち上がり臨也の背後に回った帝人。
こんなに簡単に背中を取らせる何て。
信用されているのか、無害だと思われているのか。
まぁ、そう思わなければ、出された飲み物を何の疑いも無く口に等しないだろうし、そんな疑いを持つ様な間柄では無い。
これが正臣だったら、少しは警戒心もあったのかもしれないが。
こんな時、我ながら大人し気なこの性格に感謝だ。

コートを脱いで、露になった臨也の項。
上から見下ろすと、何とも言えず、淫猥。
すぐにでも、その首筋に触れたい衝動に駆られつつ、帝人はグッと堪えてコートをハンガーに掛けた。
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