言ギル

□道理
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この人を師と仰いで来た事に、後悔はない。
 師は魔術師としては勿論、人間的にも尊敬出来る人物だった。
 それは間違いない。
 だがその敬っている筈の師を手に掛けた上に、殺めた事について罪悪感所か何の感情も抱かなかった私は、破綻しているのだろうか。
 綺礼はそう、ぼんやりと思う。

 ついさっきまで言葉を交わしていた人間が、今は床に平伏しており、もうピクリとも動かない。
 彼が倒れ込んだ絨毯は、自らが意思を持って血液を吸い取っているのではないかと思う程、大きな範囲で急速に色を 変えて行った。
 そんな絨毯の上で背中に短剣を突き刺した儘伏している師は、今やただの肉片と化している。

 積年の恨みがあった訳ではない。
 かと言って、衝動的行動でもない。
 だが、緻密な計画を立てていた訳ではなかったが、心には決めていた。
 今日、帰るつもりはない、と。

「背中から心臓を一突きとは、中々やるな、神父」
「嘲っているのか?」
「いや、褒めているのだよ、綺礼。素直に受け取れ」

 綺礼の隣に立つのは、実体化している師のサーヴァント。
 いや、今や、元。
 今、目の前にいるサーヴァント、英雄王ギルガメッシュのマスターは、言峰綺礼。

「狡猾だな、お前は」
「何を言う。我は貴様を唆した覚えはないぞ?」

 ギルガメッシュの言葉に惑わされたのは、事実。
 だが、惑うという事は、己に迷いがあった証拠。
 それを見破られただけの話。
 父親も師も気付かなかった、綺礼の闇。
 それを白日の元へと引き摺り出して来たのは、師のサーヴァント。
 ただ一人。

「失礼、前言は撤回しよう。流石は英雄王、と言った所か」
「フフン、良いだろう。お前は常に、用意された道を何の不満も抱く事無く歩んで来た。だから、我も道を用意してやったまでだ。だが、強制はしない。選ぶのはお前だ、綺礼」

 敷かれたレールの上を歩いて行く事に、何の不満も抱かなかった。
 抱くという感情さえも無かった。
 だが先日、ある道を提示された所為で、凪いでいた筈の綺礼の心に、波が生まれた。

「今迄、与えられて来た道は一つだけだったのだろう?だから、迷う事もしなかった。違うか?」

 確かに、物心付いた時には十字架を下げて父の後を付いていた。
 言い付けを守り、従い、受け入れて来た。
 其れを是とし、非と疑わなかったのは、何故か。

「一つ教えてやろう、綺礼。人とは岐路に立ち、選択を繰り返して成長する生き物なのだよ。今日、お前は自らが選択した道を己が手で切り開き、己が足で歩み出す事を決断した。おめでとう、と言っておこう」

 成長し成人した事を褒め称えるかの様に、拍手を贈るギルガメッシュ。
 一見馬鹿にした行動の様に見えるが、それ以上に彼自身が至極愉しそうに見える。
 それを見て、厄介な奴と係わりを持ってしまったと、綺礼は眉を下げて顔を歪ませた。

「さて、第八の契約成立を祝して、杯でも交わすか?それとも……」

 綺礼の心中等余所に、肩に手を掛け、覗き込んで口角を上げるギルガメッシュ。
 月光に照らされた金髪は青白い中にも高貴を見せ、赤く光る瞳をより際立たせる。
 綺礼はその瞳に吸い込まれそうになりつつ、不覚にも薄く開いた唇にも視線を奪われていた。
 それを見たギルガメッシュは、綺礼の首に手を回し、首を傾げてニヤリと笑って見せる。

「お前はいつから我を欲していた?先日、話の最中に令呪が復活した時からか?それとも……もっと前からか?」
「……さぁ、どうかな?」

 誘いを掛けて来るギルガメッシュに対し、綺礼も笑みを浮かべて見せた。

「ほぅ……まぁ良い。精々、我を愉しませてくれよ?」
「それは此方の台詞だ、英雄王」

 綺礼はギルガメッシュの腰を引き寄せ、自分の躯に密着させる。
 照明の消された薄暗い部屋の中で二人の影が重なり、次いで吐息が漏れ出した。

 足元に転がっている時臣は未だ体温を保っているにも関わらず、二人はキスを交わし続ける。
 勿論、二人を咎める者は、此処には誰もいない。

 それを良い事に、二人はその儘ソファーへと雪崩れ込んだ。




   end.

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