静臨

□後悔(連載中)
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春だというのに、暖かさが長続きしない毎日。
昨日は晴天だった空も、今日は愚図付いている。
おまけに、太陽を遮断している厚く黒い雲からは雨も降り出し、気温がどんどん低下している。
お陰で、まだ夕方なのに、もう夜の様だ。

そんな中、静雄は裏路地で大きな荷物を見付けた。
いつもお世話になっている自販機に寄り添う様に、何か塊がある。
黒く、丸い、何か。

関わらない方が良い。
そう思った静雄だったが、何故か足は動いていた。
頭と躯が別の動きをしている。
いや、躯が正直だったのだ。
恐らく、頭もそう考えてはいた。
が、警笛を鳴らしていただけの話で。

「…んだこりゃ」

近付いてみると、それは人の様だった。
しかも、良く知っている。
白いファーの付いた、黒のコート。
こんな服を着ているのは、奴しか居らず。

「何やってんだよ、手前は」
「………」

背後からだが、この距離なら聞こえている筈。
しかし、返事は無い。

何も反応を示さない相手に怒りを感じた静雄だったが、雨の中、傘も刺さずに踞っている彼にやっと異変を感じた。
地面にベッタリと座り込み、ピクリとも動かない。

そして。
彼の踞る地面の色が変わっている事に気付いた。
雨を吸ったアスファルトの色では、無い。
そういえば、噎せる様な鉄分の臭いもする。

「おい…おい、臨也?」

胸がざわつく。
伸ばした手が震える。
先程の警笛は、関わるなでは無く、早くという意味だった。

肩に手を置き、ユサユサと揺さ振ってみる。
しかし垂れた頭を起こす事無く、目の前の男は依然として動かない。
前に回ってしゃがみ込み、今度は両肩を揺すってみる。
すると、やっと気付いたのか、臨也は微かに頭を動かした。

「おい、臨也?」
「………」

聞こえているのかいないのか、臨也はそれ以上は動かず、返事も無かった。
苛立ちにも似た焦りを感じ、静雄は臨也の顔を上げさせる為に、頬に手を宛てた。

「っ…臨也、おい臨也、大丈夫か?」

触れた頬が恐ろしく冷たく、静雄は思わず息を飲んだ。
雨に打たれていた所為なのか、若しくは出血の所為か。
どちらにせよ、この儘にしておく訳にはいかない。

まだ出血しているのならば、止血しなくてはと思った静雄。
しかしコートの前を開け、静雄は絶句した。

「お前…」

黒い服の為にあまり目立たないが、その服は明らかに色を変えていた。
それを黒のコートで隠していたのだろう。
明らかに雨で濡れた色より、濃い色をしている。
傷口は、どうやら左下腹の様だ。
ナイフで刺されたのだろうか。
出血の度合いを確かめる為に、静雄はそこに手を宛てた。

「っ……誰」
「臨也、俺だよ」

虚ろな瞳を彷徨わせつつ、警戒の篭った声と共に臨也が顔を上げる。
漸く気が付いたかと安堵したのも束の間、動いた所為で傷口からコプッと血液が溢れ出した。
焦った静雄はベストを脱ぎ、止血の為に傷口を強く押さえ付ける。

「……誰…?」
「臨也、お前…俺だ、静雄だよ」

焦点が合っていない為か、臨也には目の前にいる人物が誰なのか解らない様子。
虚ろな瞳は何も捕らえず、それ所か捕らえようと動くそぶりも無い。
言い様も無い恐怖が、静雄を襲った。

「おい、しっかりしろ、臨也っ」
「……あぁ…シズちゃんか…」

頬をペチペチと軽く叩き、顔を上げさせてこちらを向かせる。
すると漸く焦点が合ったのか、臨也の瞳孔が収縮するのが確認出来た。
僅かに纏っていた警戒も解かれ、臨也の頬が少し緩む。

「ちょっと…ドジっちゃって…」
「もう良い、喋るな」

臨也が話す度に、ベストに血が滲んで行くのが見える。
内蔵にも損傷があるのかもしれない。
だがその前に、この儘では出血多量で命に関わる。

「最期がシズちゃんか…はは…まぁ…良いか…」
「お前っ、何縁起悪ぃ事言ってんだよ」
「だって…何か…寒くて…刺されて痛い筈なのに…もう全然痛くなくて…ただ寒くて…」
「解ったからっ、もう喋んなっ」

静雄は大きな声を上げ、臨也を制す。
そして新羅に連絡を取ろうと、携帯を取り出した。
しかし動揺しているのか、中々ボタンが押せない。
指先が震えて、どうしても違う所を押してしまう。

「あーもーっ、クソッ」

携帯を握り潰してしまいたい衝動を何とか抑え、静雄はやっと新羅の番号を出す事が出来た。
後は通話ボタンを押すだけ。
なのに、早く、早く、という思いとは裏腹に、指は中々そこまで辿り着かない。
震えが、止まらない。

「シズ…ちゃん…」
「あぁ、今新羅呼んでやるから」
「シズちゃん、俺さ…」
「あぁ、解ったから、もう喋んなって」
「あのね……」
「臨也…?」

声が細くなった事に気付き、慌てて臨也の顔を覗き込む静雄。
まだ意識はある様だが、もう一刻の猶予も無いだろう。
臨也の肩を抱き、静雄は再び携帯に視線を移す。
そんな中、臨也は言葉を続けた。

「あのね、俺…シズちゃんの事、好き…だったんだ…」
「なっ…に、言って…俺は…」
「ん、大嫌いなんだよね、知ってる…俺の片思い…実らなかったな…」
「おい、臨也」
「ホント、君だけは思い通りにならなかった…だからこそ、だったんだろうな…」
「おい、待てって」

この状況で、何を。
と思うが、その内容よりも、臨也の全ての言葉が過去形な事に身が震えた。
先程も、最期と言っていた。
死期を悟っての事だとでも言うのか。
そんな事…冗談じゃない。

「今まで…ゴメンね…」
「臨也、何言ってやがる。手前は俺が殺すんだからな、勝手に死んだらぶっ殺すぞ」
「ん…ゴメン…」
「謝んな、バカ」

弱々しく伸ばされた臨也の右手が、静雄の頬に触れた。
しかし力無くズルズルと落ち、指先に付いていた血が静雄の頬に線を描く。
そして地面にパタリと落ちた、臨也の腕。

「おい、臨也…?臨也!!」

静雄の呼び掛けに、もう臨也は答えない。
静雄の腕の中で、もう臨也は動かない。

「臨也!?…臨也ぁぁっ!!」

強くなった雨音の中、静雄の声が鳴り響いていた。
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