兎虎

□ごめんな、バニー
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「ワイルドタイガーは、昨日付けでヒーロー引退になったから。で、彼も今日限りで会社も辞める事になったから」

出社したバーナビーを待っていたのは、ロイズの呼び出し。
社長室に入ると告げられたのは、そんな言葉。

は?
何が?
誰が、何だって?

バーナビーの頭に、幾つもの疑問符が浮かぶ。

「君達のコンビもやっと息が合って来て、ランキングも上がってるし、取材も後を絶たないし、我社も順風満帆だと思ってたのに残念だよ。能力が衰退してるから、との事だけど、いつから?」
「能力が…?」

引退の事は勿論、バーナビーにとって、能力の事も初耳だった。
混乱に拍車が掛かり、眉を寄せながら瞬きばかりを繰り返す。

能力の衰退?
そんなの知らない。
いつから…?

「っ…まさか…」

そこでバーナビーは、ある事に気付く。
そういえば以前、凄いパワーを出した時があった。
そして、もう少しで犯人に手が届くと思った所で、虎徹は捕まえる手を緩めた。
あの時は、ロックバイソンにポイントを譲る為に手を緩めたのだろうと思っていた。
だが、もしかしたら、あの時…。

それに、最近では犯人を良い所まで追い詰めはする物の、確保までは至らない。
最後はバーナビーに譲り、自分は追跡の手を緩める事が多かった。

ポイントを譲ってくれているのかと思っていた。
まさか。
そんな。

「稀に、そういうNEXTがいるみたいでね、でもまさかヒーローからそんな事例が出る何てねぇ…」
「っ…」

ロイズの話は、全て初耳の物ばかり。

そんな話、知らない。
そんな…そんな…。

気付いた時、バーナビーはロイズの部屋を飛び出していた。

そして自分のデスクに戻り、隣に目を向ける。
そこは、虎徹のデスク。

「なっ…」

虎徹のデスクはいつも雑誌やら何やらが乱雑に置かれており、必要な書類も埋もれてしまい、いつも怒られていた程。
バーナビーも見兼ねて、整理してやった事も多い。
しかし、今は綺麗に整頓されている。

と言うより、何もない。

「あのっ、虎…いや、タイガーさんは?」
「あぁ、今日限りで退職ですって?今荷物整理して出て行ったわ。全く、前持って言ってくれれば良かったのに。貴方は聞いていたの?それなら言ってくれれば…」

向かいに座っている経理に尋ね、詳細を聞く。
今、という事は、まだ遠くには行っていない筈。

「すいません、また後で」

バーナビーは軽く会釈をすると直ぐに駆け出し、虎徹の後を追った。

幸い、エレベーターホールで虎徹の後ろ姿を発見する事が出来、バーナビーは一先ず、ホッと胸を撫で下ろす。

「虎徹さんっ!」

思ったよりも大きな声が出て、周りは勿論、バーナビー自身も思わず驚く。
そして振り返った虎徹も、驚いた表情を浮かべていた。

「ようバニー、どうした?そんなに急いで」
「どうしたって…」

いつもの笑みを浮かべる虎徹に対し、バーナビーは顔を歪ませる。
その表情を見て、虎徹は申し訳なさそうに眉を下げた。

「ロイズさんから聞いたか?まぁ、そーゆー事だ」
「そーゆーって、僕達はパートナーでしょう?二人一組でしょう?何で貴方はいつも単独行動に走るんですかっ」

それをいきなり解消だ何て、一方的過ぎる。
何故、一言相談してくれなかったのか。
バーナビーは怒り混じりに、段々と口調を荒くする。

「悪ぃな、バーナビー」
「っ…」

いつもバニーと呼んでいるくせに、何故急に。
そう呼ばれたら、黙る他ない。
こういう所は、本当に狡い。

「ヒーロー止めるって…」
「あぁ、能力無いんじゃ市民を守れないだろ?」
「そんな…能力無くても市民は守れるでしょう!」
「いやぁ、そうかもしれねぇけどよ、NEXT相手には能力無かったらキツイだろ」

非NEXTでも、車相手や、銃を相手にするには、やはり能力は必要。
犯人確保にも、能力があった方が有利。
虎徹の言う事は、尤もだ。

だが。

「僕達はバディなんですよ?それを急に…何も会社も辞める事ないじゃないですか。ずっと貴方と一緒にやって来たのに、貴方がいなくなってしまったら…僕は…僕はどうすれば…っ…」

未だ混乱しつつ、信じないと言う様に首を振り続けるバーナビー。
唇が震え、手もワナワナと震えている。

「お前は一人でも大丈夫だ。最初から、俺はお荷物だっただろ?」

確かに、最初の頃は息も合わないし、こんな時代遅れのおじさんと組む何てと本気で嫌だった。
しかし、虎徹の言動には筋が通っていると気付き、その後人間性に惹かれ、いつの間にか自分から寄り添う様になっていた。
他人を慕う等、一人で生きて来たバーナビーにとっては驚くべき変化だ。

「もうあの頃とは違う。僕は貴方がいたから成長出来た。貴方が声を掛けてくれたから、貴方が気遣ってくれたから、貴方が体を張ってくれたから、貴方が…貴方がっ…」

今迄の事が一気に思い出され、バーナビーは息を詰まらせる。
いつも隣には虎徹がおり、どんなに突き放しても手を差し延べてくれた。
嫌われても当然なのに、根気よく付き合ってくれた。

人間として欠落していた部分を補ってくれた、虎徹。
その感謝を、今後返して行きたいと思っていたのに。

「お願いです…僕を一人に…しないで下さいっ…くっ…」

人と接点を持つ事を知ってしまった今、もう一人には戻れない。
孤独だったあの頃には、戻りたくはない。

「あー…取り敢えず、エレベーター乗ろうな」

仕舞いには嗚咽を混じらせるバーナビーに困り、虎徹は眉を下げる。
そこへ丁度エレベーターが到着し、幸い誰も乗っていなかったのを良い事に、虎徹はバーナビーを引っ張って中へと入れた。

「おいおい、ヒーローランキング一位の奴がそんな顔してちゃマズイだろ」
「っ…誰の所為だとっ…」

顔を歪ませ、涙を浮かべるバーナビー。
虎徹の所為ではないと判っていても、当たらないではいられない。
それを判っていて、虎徹も眉を下げる。

「ごめんな、バニー」
「なら、辞めないで下さいっ」
「いや、だから…」

そりゃ、虎徹も辞めたくはない。
これからも、市民を守り続けて行きたい。
今迄の様に、ずっと。
ヒーローとしての指命を貫く事が、自分の存在意義。
しかし…こればかりはどうしようもない。

「俺だって…俺だってなぁっ!!」
「っ…」

そう言ってエレベーターの内壁に拳を叩き付ける。
ガツンという音が響き、バーナビーはビクリと肩を震わせた。
普段どちらかと言えば温厚な虎徹が声を荒げ、バーナビーは驚いて目を見開く。
だが虎徹は直ぐに我に返り、握っていた拳をゆっくりと開いて行った。
だが、感情は高ぶった儘だ。

「辞めたかねぇんだよ…俺は…俺はまだ…」
「虎徹さん…」

まだやれる。
そう続けようとして、虎徹はハッとする。
こんな風にしがみ付いていては、いけない。
ベンも、衝撃を与えてしまうと判っていながら、心配でレジェンドの事を話してくれたのだ。
それを無にしていまう事は、出来ない。

つい浮かんでしまった涙を見せぬ様、虎徹は天井を仰ぐ。
事態を受け入れなくては。
可愛い後輩の為にも、無様な姿は見せられない。

とは言っても、今更か。

嘲笑しつつ、やっと落ち着いて来た虎徹。
だが、バーナビーは未だ酷い顔をしている。
かなりグシャグシャに歪んでおり、折角のハンサムが台なしだ。

「おい、鼻水出てんぞ?」
「…煩いっ…て言うか、出て何かいません」

そう言いつつ、鼻をズズッと啜るバーナビー。
こんな時に、またそんな冗談を…。

「っ…」

そこで、バーナビーは気付く。
辛いのは、悲しいのは、虎徹の方だ。
それなのに、虎徹は自分を気遣い、冗談を口にしている。
こんな状況なのに、虎徹は他人の心配をしている。

責めるべきは、自分。
虎徹の変化に、苦悩に気付けず、バーナビーは落胆する。

自分は、虎徹の何を見ていたんだろう。
見ているつもりで、何も気付けていなかった。

歴代最多ポイント獲得と、浮かれていた自分が恥ずかしい。
パートナーの苦悩も知らず、自分の人生を謳歌してしまっていた。
何も成長出来ていない自分が、情けない。

「すいません…虎徹さん…」
「…バニー?」

周りが見えておらず、自分の事ばかりで、情けない。
情けなくて、情けなくて、後から後から涙が溢れ出る。

「もう下に着くぞ?そろそろ泣き止め」
「っ………?」

バーナビーの頭に、何かが乗せられる。
視界が遮られ、目の前が暗くなった。

「帽子は被らない主義だって言ったでしょう?」
「良いから、今は被っとけ」

乗せられたのは、虎徹のハンチング。
もうすぐエレベーターが着く事を考え、バーナビーの泣き顔を隠す為に乗せられた物。
その心遣いが沁み、バーナビーは虎徹に思わず抱き着いた。

「別に、もう会えない訳じゃねーんだし」
「…はい」
「お前の活躍、見守ってるからな」
「はい」

バーナビーの背中をポンポンと叩き、笑みを浮かべる虎徹。
バーナビーもやっと心落ち着いた様で、声もしっかりとしている。

「もう大丈夫そうだな」
「何言ってるんですか、僕を誰だと思ってるんです?元から大丈夫ですよ」
「はは、そうだな」

バーナビーの調子も戻り、虎徹も笑顔を見せる。

チンという音が鳴り、エレベーターのドアが開く。
その頃には二人共元通りになっており、何事も無かったかの様にエレベーターを出た。

「帽子、返します」
「あぁ…見送り、ありがとな」
「いえ」

言葉少なに、表へと出る。
広がる青空を仰ぎ、虎徹は帽子を被り直しつつ、ウーンと大きく伸びをした。

「じゃ、またな」
「はい、じゃあ、また」

また明日、とは続かないが、またいつでも会えるのだ。
そう思うと、バーナビーの気持ちも軽くなる。

背を向け、後ろ向きの儘、手を振る虎徹。
以前、日本の風習に、謝罪や感謝を伝える時、頭を下げると聞いた。
今、バーナビーの心は感謝でいっぱいだ。
どんどん遠ざかる虎徹の背に、バーナビーは深く頭を下げた。




−数日後−




「ただいま」
「おう、お帰り、バニー」

帰宅したバーナビーを迎えたのは、食欲を誘う夕食の匂いと、元相棒の声。
キッチンを覗くと、虎徹が仕上げをしている所だった。

「もう少しで出来るから待っ…て、バニー?」

後ろから抱き着かれ、虎徹は手を止めて顔だけで振り返る。
そこには肩に顔を埋めているバーナビーがおり、虎徹は目尻を下げて回されている手に自分の手を重ねた。

「どうした?甘ったれて」
「は?何言ってるんですか?子供扱いしないで下さい」

バーナビーは不機嫌そうな声を上げるが、顔は未だ埋もれた儘。
そんな様子を見て、虎徹は目を細め、口元も緩める。

あれから結局、会わない日はそう長くはなかった。
相棒をなくす事を悲しんでいたのは、何もバーナビーだけではない。

そして虎徹は、ある提案を口にした。

「今度実家に帰るんだけどよ…一緒に来ねぇ?」
「実家、ですか?」

それを聞いて顔を上げたバーナビーは、目をパチクリしている。
そして天井を仰ぎながら考えを巡らせ、再び視線を落とす。

「それはつまり、一度ご挨拶にと…」
「違ぇよ!」

結婚を前提にと、定番の儀式かと思い当たったバーナビー。

「んな訳ねーだろ。ただ、実家の方って長閑だからお前も休まるかと…まぁ…楓も喜ぶしな」
「お母様にも、ちゃんと紹介して下さいね」
「あぁ…そう…だな…んっ…」

虎徹が話終えるのを待たずに、バーナビーは腕の中にあった体を反転させ、その唇を塞ぐ。
いきなりのキスに虎徹は慌てた様子だったが、特に抵抗する素振りも見せない。
それを良い事に、バーナビーは暫く虎徹の唇を味わっていた。

家族という物を、失ってしまったバーナビー。
そのバーナビーに、今一度家族の温かさに浸って欲しいという、虎徹の気遣いだろう。

全く、この人は何処まで僕を甘やかすのか。

そう苦笑しつつ、バーナビーは目を細め、笑みを浮かべた。




end.

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